遅すぎた出会い

私とゴスペラーズ、運命の出会い



そんな大したことではないんですが(汗)
私がゴスペラーズを好きになるまでを簡単に紹介したいと思います。


1996年頃 : 「笑っていいとも!」でニアミス
その頃の私(11歳)はもっぱらお笑い好きで、当時売り出し中だったよゐこに夢中。
同コンビがレギュラー出演していた「笑っていいとも!」
を毎週ビデオに録画してました。(彼らは月曜担当)
青汁でおなじみ『恐怖のドカン大作戦』に子供ながらハラハラしたのを覚えてます。
もちろん、週末にある「笑っていいとも!増刊号」もビデオに録画。
しかし、他の曜日には全く興味が無かった私。ちょうどあの時期、
ゴスペラーズが木曜日に出ていたんだなぁ、と今になってしみじみ思います。
・・・でも、『じゃあ何と言っておるのだ!』の記憶は少しあるんですよねぇ。
(一言解説『じゃあ何と言っておるのだ!』:ゴスペラーズが担当した木曜の人気コーナー。
クラシックや効果音など、歌詞が無いメロディーに無理矢理
歌詞をつけて歌ってしまおう!という趣旨のもの。
時折、ネタよりもゴスペラーズの歌の上手さがウケていた)

1998年頃 : 「ニュースステーション」「はれぶた」でまたもニアミス
「笑っていいとも!」でのニアミスなんて知る由もなく、私はすくすく育っていました(13歳)。
夜更かしは滅多にしなかった私(夜9時半にはベッドへGO)ですが、
たまたま起きていた時にテレビから流れてきたのが「靴を履いたまま」。
案の定、私は何の興味も示しませんでしたね・・・(あぁ何をしていたんだ、当時の私よ)
でも、ファンになった後で「靴を履いたまま」を聴くと、「あぁ、聴いたことある」
と思いましたね。やっぱり耳は覚えてるんだなぁ。

時を同じくして、絵本の「はれときどきぶた」がアニメ化している、という情報が。
小学生の頃、図書館に置いてあった「はれぶた」シリーズ好きだったなぁ、
アニメ見たいなぁ、と思いつつも新潟はあいにく未放送。
ビデオを借りるほどでも無いか、と思った私はそこで断念。

1999年頃 : 「WILD ARMS 2nd Ignition」で三度目のニアミス
家の環境もあって、ゲームに熱中していたその頃の私(14歳)。
中でも特別好きだったのが「WILD ARMS」。世界観がすごく好きで何度もやり込みました。
そんなとき、続編「WILD ARMS 2nd Ignition」発売のニュースが私の所へやってきます。
しかし、私は「続編なんて邪道だ!私はこれをやり込むんだ!」と購入を激しく拒否。
結局、ここでもゴスペラーズとは出会えませんでした。
(後日談。続編も素敵でした。めっちゃくちゃハマりました)

2000年夏 : 部活の合宿での出会い
無事高校に進学し、吹奏楽部に所属した私。夏の合宿でのこと、
ちょうど同じ部屋になった先輩が寝間着に持ってきていたのが、
なんと「FIVE KEYS」ツアーグッズのTシャツ!
・・・といっても、その時はそんなことを全く知らなかった私。
先輩の「ゴスペラーズ知ってる?良いんだよぉ」という言葉も、
「そうなんですか〜」と軽く相づちを打っては右から左に筒抜け状態。
(この時期、まだ「永遠に」は発売されてなく、私達周辺でのゴスペラーズの知名度はほぼゼロに近い)
でもその時、先輩が一番好きだという“ヤスオカさん”の顔(イラストだけど)を見て、
「あぁ、か○いいなぁ」と思ったのは覚えています。

2001年始め : ついに運命の時が!でも・・・
「永遠に」がロングヒットを飛ばし、「告白」が忘れられた名曲と化していた頃、私は15歳。
「王様のブランチ」内の『CDTVリピート』を一緒に見ていた母の「ゴスペラーズは良いよねぇ」
という一言とともに流れた「永遠に」のPVでやっと、私はゴスペラーズと出会いました!
・・・・・とはいえ、当時の私はお笑い&野猿に夢中。
(「王様のブランチ」も海砂利水魚<現・くりぃむしちゅー>が出てたから見ていたような)
「おおっ!」とは言えない程だけれども、印象に残りました。
ええ、野猿の神波さんに似ている(と当時は思っていた)あのか○いい“ヤスオカ”さんだけ。
(驚いたことに、安岡氏以外の第一印象が全く無い!)

2001年夏 : 初めて買ったゴスペラーズのCD
もうすぐ母の誕生日。プレゼントは何が良い?と尋ねても「何でもいいよ」と答える母。
うーむ、埒があかない。・・・そうだ、前好きだって言っていたゴスペラーズのCDを買ってあげよう!
と思い立って買ったのが、当時爆発的なセールスを記録していた「Love Notes」。
思えばコレが、私が初めて買ったゴスペラーズのCDになりますね。
母にはとても気に入ってもらえたみたいで、「(ゴスペラーズのCDの中では)コレが一番好き」と言ってます。
もちろんその時も、「母のために」買ったという意識が強く、「ファンとして」買ったという意識はほぼ皆無。

2001年末〜2002年始め : 楽譜が読めないの!? & 初めてのライブ
年の瀬も迫り、辺りはすっかり雪景色。部屋の大掃除をさぼってつけたテレビには、
「さんまのまんま」(ゲスト・ゴスペラーズ)が映し出されました。
「あ、安岡さんだーvv相変わらずか○いいなぁ〜」が第一声。
そのとき初めて、ゴスペラーズが5人組だというのを意識しましたね(爆)
内容で特に印象的だったのは、ゴスペラーズの5人が楽譜を読めないという話。
(後々調べれば、「楽譜は苦手。耳で聴いて覚える」ということだったが)
安岡氏の「(みんな)楽譜が読めないので、僕がみんなにそれぞれの音を伝えるんです」的な発言に、
「ほぇ〜、すごいなぁ・・・楽譜が読めないって、ミュージシャンなのにおかしいよ!」と思った記憶アリ。

時期を同じくして、来年4月にあるという全国ツアーの話が我が家に舞い込んできます。
(私がネットサーフをしてて偶然見つけた情報だったと思われる)
母に「ゴスペラーズ、(新潟)県民会館に来るみたいだよ。行く?」と言うと、
「良いね、行きたい」とのお返事。無事チケットを取ることができ、一安心。
その後発売されたアルバム「FRENZY」を買い、準備万端。
また、とあるCDショップの閉店セールで安く売られていた「約束の季節」(新品)
も購入。私よりも母がよく聴いてましたね。

2002年4月20日 : やっと逢えたね・・・
ライブ会場に到着、すごい人だかりにまずは圧倒される。
グッズは、「記念に買っておいてもいいね」という母の一言で買ったパンフレット一部と、
「ピアノを練習したいなぁ」という私の突発的な思いつきで
母にねだった「FRENZY」のピアノスコアを購入。
一緒に売られていたゴスペラーズのCDや本「ノーカット」、
酒井氏の「スコブルイー」には一瞥もくれませんでしたね(苦笑)

ライブが始まると会場はオールスタンディング、私もノリノリ。
トークではまず、酒井氏の「ちょっと下品な話になりますけどね、男性の方は
ズボンのファスナーを開けて(とおもむろに開ける)、ここから手を出して・・・」
(以下自主規制)という下ネタにカウンターパンチをくらわされ、
村上氏の「サッカーのチアリーダーってこうでしょ!(大の字になってジャンプ!)」
で軽くジャブを入れられた後は、「そうそう!(同様にジャンプ!)」と続く
安岡氏にトドメのストレートを綺麗に入れられて(笑)完全ノックアウト。
そして歌っている最中の北山氏を見て、「細いなぁ〜、綺麗だなぁ〜」と思う始末。
極めつけは黒沢氏の、『信濃川に落ちた後犬に追いかけられたっていうのは実は間違い』事件。
この一件で、“黒沢氏=天然”という公式が出来上がってしまいました(笑)
ライブが終われば、すっかりゴスペラーズの虜。
パンフレットを何度も眺めては、余韻に浸る私。
この瞬間から、私はやっとゴスマニアになったのです・・・


以上、長々とおつきあいありがとうございました。
一目惚れは安岡氏なのに、今の一押しが黒沢氏ってどういうことよ、私(笑)
(しかも最近は酒井氏にハマりそう・・・)



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