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底。
底は水底。
夢路を流離う男女ふたり、永劫のふたり旅。
男女共々、息災を語り合うことなく。
語らずとも、共々の息災を知る。
水音、風音、鳥の声。
足跡、傷跡、夢の跡。
標を記さぬ、ふたり旅。
嗚呼、愛しい。
嗚呼、愛しい。
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第01話 老成青年(ろうせいせいねん)
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潮騒。呼気と吸気を減衰した音が、耳に届く。流れ着いた先は
「……ん」
波打際ではなく、朝だった。波打際ではなく、六畳の自室であった。成程、寝息であったとは。他にも、錯綜する故
が先に提示されていたがために聞き違えたらしい。
夢と現との、寝相。男が女を手繰り寄せる、その様。女の手を男の手で抱き、女の背に男の手が与されている。頭
(こうべ)を男の胸に預ける女と、口許に笑みを作る男。まさに、今の自分自身と
「……うーんっ」
…雀のさえずりに、目を醒ましたらしい。若人ふたりを覗き見る野暮な朝陽を厭い、向き直ると
「…おはよ、甲」
…と、声をかけたのだった。夢現のせいか、くう・すうと寝息を立てる声と相違ない。
「…ああ。眠れたか、由衣」
「…うんっ」
さて、そろそろ名乗ることとしよう。
…"俺"の名は、伊秩甲(いぢち・こう)。昨年成人を迎えた。とある医療系の大学に通い、今年度で3年となる。
父と母・祖父と住まいを共にする、近年では減少しつつある直系家族である。大都市・190万人間近の喧騒を忘れさ
せる、市内の奥座敷と呼べる所に住み古している。
…彼女の名は、瀧月由衣(たきづき・ゆい)。彼女については、後に彼女に…否、由衣に語って貰おう。
余談ではあるが、"俺"は一人称や三人称といった人称を用いた表現を苦手としている。だが、由衣を除いては。…
自身と由衣とは―――察する通り、と述べておくに留めよう。
「……でもやっぱり、もうちょっと寝てたいな」
「……そうか」
時計を見やると、長針と短針は5時と40分を指している。あと20分程ならば。祖父譲りの険しい顔を由衣へ向き直す
と、その表情はなだらかな丘陵程に削れたのだった。
薄着と薄着・下着とを隔て、寝床に寄り添うふたり。流石に、互いに脱ぎ捨て眠るわけにはいかなかった。心境が
湿潤であっても、緯度を形骸化しようものなら。熱帯のあまり、互いの蒸発を懸念せざるを得なかった。"気候"区分 が何としても不可欠であったのだ。
にも拘らず、さながらサバンナにいると感ぜられるのは何故か。汗ばむ手が、水面下ながらどうも気にかかる。…し
かしながら、初春の喜悦を人―――自身伝いに、至善至福の笑みを浮かぶ由衣を見ると。…………まだ、湿潤であ ることに気付かされた。
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