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第02話 間怠姫君 (まだるひめぎみ)








 ふぅ。
 ふぅっ。
 3月の中頃なのに、吹いた息は真っ白だった。見えないものがまだ見えるのも、それはそれでいいかななんて思っ
たり。甲が話好きなのが、改めてよくわかるから。…っていっても、言葉の話好きじゃなくて言葉じゃないほうの話好
きなんだけど。だから、今日の朝は朝起きたら気持ち良くって。

 「…いないね、誰も」
 「流石にな」

 ぐるっとバス停の周りを見回しても、誰もいなさそうだった。昨日除雪の入った歩道に、またうっすらと雪が積もって
いた。足跡がはっきりしてるのは、私と甲と、たぶん甲のおじいちゃんの足跡ぐらいしか見えない。ちゃんと歩道は除
雪してあるのに、地元の人じゃなくて観光客の人向けに除雪してるみたいな。
 ふうっと、横風が私と甲を押していた。吹かなきゃ寒くないのに、吹いたらやっぱり寒い。北区と比べたら、きっとお
んなじ札幌市なんだって思えないかもしれない。でも、定山渓に住んでる甲って羨ましいなあ。こんな時も、気軽に温
泉に入れるんだもんね。






 私の名前は、瀧月由衣(たきづき・ゆい)。たぶん甲から聞いてると思うけど。私も、甲と一緒の大学に通っている。
 私の家は北区の新琴似にあって、ママとお兄ちゃんと三人で暮らしてる。ママは元々ホステスをしてて、私が幼稚
園の頃にスナックを開いて今も頑張っている。お兄ちゃんは今の所フリーターで、たまの休みには列車でぶらぶら一
人旅に出かけている。
 ママと甲のおばさんとはとっても仲良しで、ホステスの頃におばさんとおんなじキャバクラで働いてたんだって。甲の
おばさんは時々うちのスナックに来て、いっぱい曲を歌ってくれる。伴奏はいつもママのギター。普段はあまり人気が
ないのに、その時はお店の椅子がちゃんと埋まってるから凄いなあって思う。
 …あっ。私のお話、しなくちゃいけなかったんだ。えっと…あ、そうそう。将来は私、公務員になろうって思っている。
児童相談所で働いて、一人でもたくさんの子がうちでぐっすり眠れるようにって。この前から予備校に通い始めたんだ
けど、政経とか数学が全然苦手っていうか。でも、日本史得意だからいいよね。…?あっ。慰めになってない…か。






 「…ん?」
 「…?!あっ、ううん。朝起きたら気持ちよかったなあって」

 私、いつの間にか笑ってたんだ。甲の顔を見れば、同じ顔してるって判る。今言ったことで笑ってたんじゃないけど
…まっ、いいか。朝気持ちよかったの、本当だし。
 誰もお客さんの乗ってないバスが、角を曲がってバス停に止まった。札幌駅行って、バスのおでこ(?)に大きく書
かれてる。横風じゃなくて、今度は追い風に押されて私と甲はバスに乗った。甲の背中、やっぱり大きい。




 ホテルの看板とか、ホテルが窓からいっぱい見える。さよなら、温泉街。次はたぶん2、3週間経った頃にまた。奥
にも広い道路があるなあ、って思ったらトンネルに入って壁とオレンジ色の光しか見えなくなった。札幌市にも山奥の
街があるなんて趣があるなあって思うし、こんな山奥から大学に通ってる甲もすごいって思う。

 「ふぁぁっ」
 「まだ眠いか」
 「うんっ、まあね。あったかいせいかな」

 ふっ、て甲から息が漏れた。バスもまあまあ寒いから、暖房のおかげじゃない。うん、あったかい。
 トンネルを出たかなって思うと、また違うトンネルに入っていった。甲から聞いたことがあって、確か江戸時代にお坊
さんが温泉を見つけたのが定山渓の始まりだった。…ような気がする、たぶん。私の家から歩いて行くと、最悪半日
ぐらいかかるのかも。それだけ歩けば、温泉がもっと格別に思えたりして。

 「あっ」
 「…ん?」
 「あれ」

 って指差そうとした時に、もう雪に埋もれたバス停が見えなくなっていた。後ろ向いたってもう手遅れだし。このバ
ス、ちゃんと法定速度守ってなかったりして…なんてね。

 「ほら、よくあったりしない?誰も乗ってなさそうなバス停。田舎なんかに」
 「ああ」
 「年に1回でも、ちゃんと誰か乗ってるのかな?」
 「…さあ」

 なんて言いながら、また私と甲は外をぼうっと眺めてた。山肌はまだ白かったけど、木の周りに開いてる穴(?)が
なんか気になった。…あっ、穴じゃない。雪が解けてるんだ。植物も、ちゃんと生きてる何よりの証拠。…あっ。元々生
きてなかったら、酸素作れないんだから私達だって生きてないか。また笑った私を、甲はそのまま見ていた。

 「全然着かないね。まだスキー場も見えないし」
 「ああ。長いな」

 中央区に入ったら、いい加減寝たほうがいいかな。それより、今寝たほうがいいのかな。やっぱり眠いし。今日も夜
から予備校あるし。乗ってきた最初のお客さん(私達を除いて)に見られるの、なんか恥ずかしいし。…ほんの少し、
身体を窓じゃなくて通路に預けてみた。甲は、黙って受け止めてくれてた。









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