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第04話 出奔寵娘
(しゅっぽんいつきむすめ)
「きゃああああああああああっ…………………………!」
…がしゃん、と物と人の倒れる音が聞こえました。わたくしも飛ばされてしまい、強かに腰を打ち据えてしまいまし
た。…前を、見ていたはずなのに。前を向いて、歩いていたはずなのに。
「あ、あの、ご無事でしたか!?」
痛む腰に耐えながらも、わたくしは相手の方に駆け寄り声をかけます。倒れた自転車がわたくしを阻み、それを隔
てて相手の方は倒れていらっしゃいました。背中をさすりながらも、必死に身体を起こそうとされています。
「見りゃ判んだろうがよ、あん!?っ痛…………」
「…あっ!」
横に回り、痛む背をさすろうとしたわたくしを相手の方は拒まれます。幸い、痛むことの無かった右手で。
「…っ」
……あまりの痛さに、わたくしも眩暈を憶えずにはいられません。倒れまいと、辛うじて歩道の並木に掴まります。
程なくして救急車が止まり、救急隊員の方が肩を貸してくださりました。
…わたくしの名は、樋浦蛍(ひうら・ほたる)と申します。今は、それしか申し上げることができません……。ただ、道
行く方々がご覧になれば………ストレート・ヘアの学生とお見受けしてくださることでしょう。…………まことに、申し 訳ございません。今は、どうしても……………。
…………。
………………。
この近くに、大学病院が設けられていたのが幸いでした。2分とかかることなく到着し、今はこうして待合のロビーで
診察を待っております。まずは、お加減の甚だしい相手の方―――流哉さんから、受診されていらっしゃいます。
「…はあ」
わたくしとしたことが、何故。溜め息や愁情とともに、己を思い悔いておりました。一切を眺めることに恐れをなし、思
わず項垂れてしまいました。
…止まりません。涙が、どうしても。堰を切れば、驟雨がわたくしを濡らすことでしょう。贖罪に耐えかね、わたくしを
……いえ。わたくしは――――
「樋浦さん、どうぞ。……樋浦さん」
「…おいこら、てめえ呼ばれてるぞ」
診察室から、何時の間に看護師の方と流哉さんがいらしておりました。泣き濡れたわたくしの素顔に、看護師の方
は僅かながら驚かれていたようです。流哉さんは不機嫌そうに、わたくしに背を向けてお座りになられました。
辛うじて涙をぬぐい、腰に手を当ておもむろに立ち上がります。…看護師の方に肩を貸していただいて、診察室にお
邪魔するまでの数十秒が……ひどく、弥遠長に感ぜられてなりませんでした。
10数分経った頃に、わたくしは診察室を後に致しました。医師のお言葉などは耳に入らず、ただただ頷くばかりで。
…その度に、愁絶の境地に足を踏み入れているようになりませんでした。お互い打撲と軽い捻挫で済み、甚だしい大 怪我が無かったのが不幸中の幸いであっても。
「…おい」
背中合わせに、流哉さんがわたくしをお呼びになりました。…未だ恐れ多いせいか、後ろを向くことが躊躇われてし
まいます。
「…はい」
とだけ、返事を致すほかありませんでした。
「おめえの診療代はおめえが払えよ。ま、五分五分だから文句ねえだろ」
「…仰る通りです」
わたくしの境地が愁絶であっても、責を果たさなければ…いえ、贖わなければ。私情と罪状を十把一絡にし―――
――?!
「………えっ!?」
「は?おいこら、勝手にノリツッコミしてんじゃねえよ」
……違います。違うんです。其処に、其処に置いていた筈の………
「そんな…………」
まさか、こんな事になってしまうなんて――――わたくしの不甲斐なさにも、程が……
「………あーあ。って言やあいいのか。置き引きってとこだろ。これだから扱いずれえんだよ、お嬢様はよ」
渋々振り向いた流哉さんの呆れ顔は、わたくしに刻まれる烙印と等しくて。何事にもおける不能者、それが今のわ
たくしなのだと…………
「……って、状況から言やあ……?!おい、俺がてめえの分払うって冗談じゃねえぞ!大体ろくに前も見ねえくせし
て、っつうかろくに見ねえおめえに危機管理なんてあるわけねえよなあ!ああ、ねえねえ!」
………………。その形相を、やはり眺めることが出来ません。再び項垂れるわたくしは、私情に流されておりまし
た。志した想いも、夢のまたの夢のようで………………。目を瞑れば、奈落へ落ちてしまうのではないかと………… ……
「ねじ巻きゃ歩くブリキだよな、てめえはよ!似合うぜ、んなひと昔の格好してりゃ!」
………………。
――――――!
「………うっ………くっ……………もう……も…し……わけ……ご………」
何故。何故、わたくしは泣かねばならないの。涙を零し、一切合財を目の前から有耶無耶にする権利などないとい
うのに…………!言い聞かせようとも、堰を切った本流は枯れは――――抑えても抑えても、支流は本流にさめざ めと束ねられて………
「さて、どうしてくれようか。マジでおめえ、どうす………?」
不意に、流哉さんが言止まれました。……涙で濡れそぼったわたくしであっても、何故そうされたのかを合点するの
に難くありませんでした。
「…みんな見てるしょ。此処、そんな所でないんだから」
流哉さんの口許に、陶冶された人差し指が一本。………わたくしでも流哉さんでもない、お婆さんの手が添えられ
ておりました。…………何時の間に。
「あ、瀧月さん。そっちにいらしたんですか」
「はは、ごめんね。どうしても煩くて煩くて、腰にきてアレなんだわ」
腰を気遣いながら、お婆さんは看護師の方とこの場を後にしたのでした。わたくし達と同じ、外科の診察室へと。…
遅まきながら、患者の方や職員の方々の視線がわたくし達を取り巻いていたことに気付いたのでした。…あまりに も、わたくし達には"外"が見えていなかったのでしょうか…………。
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