|
このページに掲載されているすべての画像・テキストの無断掲載を禁じます。
第19話 口舌仕舞
(くぜつじまい)
―――心持ち、ママの顔は青ざめてたのかもしれない。冷や汗が、ママの心に傷をつけるように首筋を流れていっ
た。透明な血――――汗の流れた後から、冷めた痛みが走っていたのかも。
「…すまん、反故にしてしまい。だが、由衣が一度こちらへ遊びに来てくれと言ってな」
「ええ、確かに昨日夜遅くそう言っていたわ。…お茶飲むだけにして頂戴よ」
…パパよりも、パパの目に似せて細目で睨むママのほうが怖かった。パパも判ってはいたみたいで、怪訝な顔は
何一つ浮かべていなくって。
「…………そうせざるを得ないだろう。ならば、烏龍茶を一つ」
「わかったわ。お代はいらないわ、あなたに頼らずとも―――」
「―――――絹恵。言えた口ではないが、此処は居間ではない」
「…御忠告ありがとう。それよりも、突っ立ってないでどこかに座って頂戴。入るお客様の邪魔になるわ」
………お互いに目を合わせないで、パパは4人がけのテーブル席に座った。ママのいるカウンターにはどうしても向
けられなくて、隣の公園を見るほかなかったみたいだった。雨音はきっと、溜め息にも憤りにも…やるせなさにも聴こ えていたのかな。
「…あなた。一つ、聞いてもいいかしら」
…パパは黙ったまま、うんってゆっくり頷いた。
「…休みの日にでも来れば良かったんじゃないの。平日は大学よ、あの子」
「…職業柄、土日がなくてな。今月の余暇は今日と他の平日の2日のみだ。由衣に会えんのが残り多い」
「…そう」
溜め息にも似たママの一言だった。涙が落ちたみたいに、グラスに氷を入れる音が、ぽちゃんって4回聞こえた。マ
マと、お兄ちゃんと、私と…きっと、パパのそれだったのかな。すたすたとパパの所に来て、ちょっとだけつっけんどん に烏龍茶を置いたママだった。
「…半額の受講料が手切れ金だと思っていたけど、違ったのが残念よ。……どうぞごゆっくり、お客様」
「……………」
…ママ、何を思ってパパの飲んでる所を見てた―――ううん、聴いてたんだろう。さっきから私憶測ばっかりしてるけ
ど、ママに聞かなきゃ分かんないのにね。私とお兄ちゃんの、名前の由来でも考えてたのかな。…あーあ、言ってる 傍からやっちゃった。
…みんなをリードする哲人になってほしいって願いを込めた、お兄ちゃんの『哲也』っていう名前。…自由にのびのび
生きてほしいっていう、私の『由衣』って名前。お兄ちゃんはパパが、私はお母さんに名付けてもらった。
「…少しは、潤った」
烏龍茶を飲み干したパパの顔は、6年ぶりに私とあった時と同じ顔をしてた。顔が綻んで、口許がちょっとだけ…に
いって、笑ってる。
丁度タイミングよく、パパの胸元がぶるぶる震えだした。静かなお店だからこそ、携帯のバイブが唸ってるように聴
こえる。携帯を出して、電話に出たパパだった。
「…はい。……承知致しました」
携帯を畳んで胸元にまた入れると、パパはすっくと立ち上がった。ちょっと早口で話してたから、急用かな。
「…では、これで失敬しよう。気を遣わせすまなかった」
「…ええ。万が一また来るなら、今度は由衣のいる時にして頂戴」
ああ、って頷くパパはママのほうを向かないで…傘を手に、出て行った。胸元で拳を握りめるママは、パパには見え
なかった。ふたりを隠すように、雨音はささめいていた。
パパがお店を出て行った時と、丁度同じ頃。ショッピングセンター街の近くのバスセンターを閉め切ったその中に、
副社長さん。白鳥さん、長門さん。お兄ちゃん、蛍ちゃん。辰巳さん、甲。…そして、私が円になっている。一直線の 真面目な眼差しは、円の中心でしっかり結ばれていた。
泥はねで汚れたズボンの裾を、気にしてる余裕なんてなかった。洗濯すればちゃんと落ちるんだし、ショッピングセ
ンター街にいる人達のほうが心の泥でもっと汚れてるんだし。早く、洗い流さなくちゃ。
「…伊秩君、皆。頼んだぞ」
副社長さんのもとで、みんなが首を縦に振って団結した。円の5/8は―――――私達5人は、トレーラに駆け込ん
だ。みんなの幸せを、円満に描くために。
―――インナースーツに身を包んで、脚力が強くなる脚絆を装着して。
―――力が漲る手甲を身に着けて、次に腰のメイルを取り付けて。
―――メイルを纏って、両肩にドライ・セルの内蔵された肩のメイルを接続したら。
―――最後にヘルムを被って、コンシールメント・メイルは力を貸してくれる。
―――早く、ショッピングセンター街に行かなくちゃ。
―――創成川にまあ近い、ショッピングセンター街内の某広場では。きゃあとかって叫ぶ肉声の悲鳴が、火災報知
機とかの警報以上に悲鳴らしかったか。頭でっかちで、これまた前のおデブさんそっくりのおっさん…もとい、爺様が おったそうな。怖いもの見たさとおぞましさとがごっちゃになって、ある意味お祭りムードを否応なしに醸し出してい た。
ぶらぶら振り回す腕と足は、4本もぎ取られて憤激中の手長蛸そっくりに見える。蛸様の教徒よろしく、戦闘員でお
馴染みのアルテリア・ニードル4人が脇を固めていた。毎回思うが、数10mっていう一定の距離を置いて見ている野 次馬どもが気になる。特撮ショー見物の真似事をしているあたりが、どうも平和ボケしてるような気がしてアレなんで すが。
「―――――!」
…お兄ちゃんが投げつけたシン・ブレードを、蛸のお爺ちゃん(?)が縄跳びできそうな長い腕でばしっと叩き落とし
ていた。蛸のお爺ちゃんと、ニードル達が縛りつけた視線の先には―――――
「…待て!」
―――――縹、江戸紫、藍、京紫、鈍。それぞれの甲冑―――コンシールメント・メイルを身に纏う俺等の姿が。ニ
ードル達と、頭でっかちな蛸様を真正面から見据える。
「とにかくまあ、俺等の素養でも見てもらおうか。公共施設占拠の罪は重いってことで」
クワンタム・シックルを構えて、お兄ちゃんは非実力派の人達と対峙する!
「安寧秩序を乱す行いを、看過致す訳には参りません!」
可憐なその瞳に光炎を宿し、非実力派の皆さん方と蛍ちゃんが対峙する。
「ま、俺のストレス解消にはもってこいってとこだ。さて、今回はどうしてくれようか」
憎まれ口を言いながら両腕を構えて、辰巳さんは非実力派の人達を睨みつける!
「明日のための今日を…みんなの人生を踏みにじるなんて、私絶対許さないっ!」
クワンタム・サーベルに手を添え、由衣は夢幻破る瞳をもって非実力派の奴等を射抜く。
「寇賊に、論無し。省するがいい、その賊心を」
伸ばされる死線に、道心を線縷に代えて甲は非実力派の人達を見抜く!
「皆、行くぞ」
「うんっ!」
「おう」
「はい!」
「了解」
伊秩の声が鬨の声を代替し、刹那双方の戦場と化していく。伊秩と由衣、俺は前衛に立ち、不良君は中衛、蛍ちゃ
んは後衛に陣取るお馴染みの陣形を取る。
「おらよっ、と!」
ニードルが含み針を撃つ前に、辰巳さんはアレスト・ワイヤーで4人全員を絡め取っていた。もうお馴染みで、お得意
の戦法かも。私と甲は詰め寄って、お兄ちゃんと蛍ちゃんはすかさずシックルとシン・ブレードを投げ打った。
「えええええいっ―――――!」
私の掛け声に応えるみたいに、サーベルの光量子は喜怒哀楽の真ん中を燈した。駄目って叫ぶように、二刀流の
サーベルで×の字を刻んだ私。悪事のマイナスを0に戻すように、十字に斬り結ぶ甲。…私も甲も、手応えの辛さを呵 責しながらニードルを斬り捨てた。
とんと着地したのと同時に、残りの二人もシックルとブレードに貫かれて消えていく。…ちょっとだけ、私の手首がぶ
るぶる震えていた。…痛いのは、敵だけじゃないから。
Internet Explorer6.0で表示確認済。
|