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第16話 二者面談 (にしゃめんだん)








 …家電製品の中でも、とある製品にとりわけ固有の音というものがございます。例えば、今わたくしが使用している
掃除機など。若干耳を突く小煩い音ではあるのですが、何故だか禊を行っている時の清々しさの如く感ぜられてしま
うのです。皆様はともかく、イトさんもご理解して下さるのでしょうか。…おそらく、辰巳さんは笑ってくださるかと。
 ふと、居間の掛け時計を見ると時刻は10時をまわっておりました。イトさんのお宅にお邪魔してお掃除を始めてか
ら、最早1時間が経ってしまったとは。働き者の手を休め何気なく額に手を当てると、うっすらと汗が流れておりまし
た。

 「蛍ちゃん、大分奇麗になったんだし。一緒に休まないかい」
 「…はい、お言葉に甘えて」

 2杯分のお茶をご用意されて、イトさんがテーブルにて手招きされていらっしゃいました。新緑を彷彿とさせるその香
りは、おそらく緑茶でしょうか。掃除機をクローゼットに片付け、わたくしは椅子へと腰掛けたのでした。

 「はい」
 「ありがとうございます。それでは」

 いただきます、と一言申し上げて緑茶を頂きます。一口、二口と口にする度に、蠕動らしき流れをもって温もりがわ
たくしを伝います。今日はいつになく、その有難みに容易に気付くことができたのですが―――

 「あら、いけない」

 うっかり、換気のためにと開けたきり窓を閉め忘れておりました。それまで若干寒いが故、有難みを享受出来たこと
に合点がいきました。

 「ああ、なんもなんも。しんとしてるのも退屈だし」

 …と、瞼を閉じ聞き入るイトさんにわたくしも倣います。
 ―――時折行き交う車、何方かの話し声。ほのかに香る若草、気侭に鳴くカラス。常日頃において、其処彼処で聴
くことの出来る音に恋しさが不思議と募ります。春光や春風の舞う屋外へわたくしを誘うかのように。

 「じゃ、片付けたら散歩するかい。どうせ裏の公園までだけどもね」
 「はいっ」

 瞼を開くと、其処彼処の趣に浸りご満悦のイトさんがわたくしに映ったのでした。








 「…何方もお見えにならないのですね。少し、寂しく思います」
 「はは、すっかりね。それでも10年かちょっと前だったらまだ遊ばせてたりしたんだろうけども、物騒なご時勢と少子
化のせいでないかい。あたしらだけの公園も、勿体無いかも判らんね」

 ベンチに座り、イトさんと公園にて日向ぼっこをしている所です。生い茂る風色を見せぬ白樺と相まって、人気のな
い裏手の公園はいつかの愁絶の境地と趣が似ておりました。もし気温を没却したならば、秋と見紛う風景かも判りま
せん。…今年の冬は、どうも永く居座り続けているようでした。
 …と、其処へ。一人の女性の方が、公園へと足を踏み入れたのでした。こちらからは遠く、お顔まで拝見することは
適いません。……しかしながら、没却は適いません。適うはずもありません。

 「お母…様」
 「…へえ、あの人が蛍ちゃんの」




 「じゃ、ちゃんと話しておくんだよ。あんたにこないだ言ったもんねあたし」
 「…はい」

 と、鷹揚に頷くわたくしを見届けになられてから…じゃあ、と一礼しイトさんは公園を後にされました。残るは、ベンチ
に座るわたくしと……隣には、先までイトさんが座られていた温もりの上に母・光代。………いえ、お母様が。心持
ち、痩せたかのように見えます。…………その故は、敢えて申し上げません。
 わたくしと瓜二つ―――いえ、わたくしの源流であるストレート・ヘアー。ベージュを基調としたコートなど。生き写し
のようにも、30年以上も前の若き母を映すは………わたくし、なのでしょうか。
 息が、苦しく感ぜられます。誰もが等しく、享受できる空気であるというのに。撚り合わすことも適わぬほど、息は細
く………わたくしの胸を、締め付けるばかりで。




 …………。
 …………、……。




 「…そうだったのですか、宅地の下見に」

 「それを上手く運ぶことが出来れば、うちの会社を売り込む契機になるわ。今日は休みにしたんだけれども、どうし
ても気になってね。…それよりも、蛍。今まで何処にいたの。あのお婆さんの所でお世話になっているの」

 「…いえ、違います。こちらでお知り合いとなった男性の方の所です」

 「…元気そうで、本当に何よりなこと。もしやつれていたのならば、その男―――

 「おやめください、お母様。彼は―――いえ、城辰巳さんはお母様の思っていらっしゃるような方ではございません」

 「判っているわ、あなたの顔を見れば。…それ以上ご迷惑をおかけしなくても、もういいでしょう。帰りなさい、家に」

 「…嫌です」

 「どうして」

 「…まだお分かり頂けないのですね、お母様」

 「あなたの何を私が知らないというの、蛍」

 「……わたくしを、樊籠(はんろう)しようとなさるでしょう」

 「まさか、樊籠だなんて。私があなたに不自由させたことなどあるの」

 「……………」

 「蛍」

 「………家業を受け継ぐほかに進路がないのですか、と。…わたくしに口にさせてしまうようなあなた…いえ、お母
様の元へなど。断じて、帰りません」

 「蛍…ねえ蛍、聞いて頂戴」

 「女性の地位向上の象徴として、常に最前線で躍動してほしい。女性の活躍の乏しい建設業だからこそ、あなたに
継いで貰いたいの。と、仰るおつもりでしょう」

 「…そうよ、判っているんじゃない。それなのにどうして家出をしたの。反発したからじゃなかったの」

 「…。……お母様は、いつもそうです。………良かれと思ったことを、何でもわたくしに押し付けて」

 「………」

 「それが必ずしも悪いとは、申しません。ですが…」

 「………」

 「…なぜ、お母様が差し出した進路のほかに……わたくしの思い描く進路を、認めてくださらないのですか」

 「…そうじゃないわ、蛍。押し付けているわけでもない。ただ、それがね……蛍。それが、あなたの天職と私は信じ
ているの」

 「……………」

 「建材や技術だけをとっても、一流の他企業と比べて何も遜色はないわ。それでいて価格は他社の8割で済むこと
は、あなたも知っているでしょう」

 「……………」

 「何百、ひいては何千平方メートルもの土地に、私やあなたの設計した家々が建つのよ。マイホ―――――

 「わたくしは、お母様の片割れでしかないのですか。いえ、わたくしはお母様なのですか。わたくしをわたくしと、認
めてくださらないのですか。わたく―――

 「…ならば聞くけれども、あなたの思い描く進路は一体何なの」

 「……………」

 「聞かせて、蛍。此処数ヶ月は多忙で聞いてあげられなかったけれども、今日は休みなんだから。今だからこそ、話
してもいいんじゃないの」

 「…出奔した当初は、何を目標にすればよいのかまったく分かりませんでした。あてもなくこちらを流れ歩き、辰巳さ
んやお婆さんとお会いした中で……腰痛持ちのお婆さんに立ち添えるような、介護職に就きたいと思うようになりまし
た。お一人で暮らしているよりも、わたくしのお陰で助かっているのだと………そう、お婆さんは仰っておりました」

 「………そう。でも、本当にそれでいいの」



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