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随・里




 太い枝にぐるぐると縄を巻きつけ、ぐいっと縛って…これでよし、っと。今度は大丈夫だと思う。


 「ねえ輝、ためしに乗ってみてよ」
 「はいはいっ」


 忍のお墓を手入れしていた輝は手を休めて、僕が登っている桜の木の下へすたすたと翔けてきてくれた。僕のいる
木の枝を見上げ、安心そうな笑みをほろりと浮かべてくれる。…それだけでも…ううん、それだけでなんだか嬉しいと
思える僕は幸せだなあ。

 直して最初に乗るのは輝だったから、まずは座り乗りするのかなあ……と思いきや、立ち乗りしてブランコを漕ぎ始
めたからちょっと心配だった。


 「…ああ、よかった」
 「…えっ、何か言った?」
 「ううん」


 なんだ、僕の杞憂だったね。ぎしぎしと枝が揺れて、折れるんじゃないかと心配してたんだけど…あははっ。風を押
したり押し返したりして、僕の下でブランコに乗った輝が揺れている。さわさわと風になびくおかっぱ頭の髪を見て、春
だと知っているのに春なんだなあと思うのはどうしてかなあ…と考えている僕がいた。

 …あ。僕たちのことについてお話するのをすっかり忘れていた。旅を始めてから3年、緋村さんや百鬼さん・小糸さ
ん、おセイさんやみんなにお世話になった旅を終えて…僕と輝は、神爪の里に…うちに、帰ってきた。ここ数年はきっ
と、僕たちは旅に出ないと思う。どうしてそう決めたのかは、また後で。

 そろそろ降りようかな。僕も輝と一緒に乗ってみ………


 「…?あ、わあああああああああっ!」
 「…聖っ!」


 足がずるっと滑って、危うく落ちそうになるなんて…とほほ。必死で木の枝を掴んでいたのが不幸中の幸いだった。
……でも、それにしては不思議と身体が揺れていない。


 「…私の目の前から足が生えてきて、びっくりしたじゃないっ」
 「………あ、ごめんっ」


 ぶら下がった僕の足を、輝がしっかりと受け止めてくれていた(…というよりは抱きすくめられていたのかな?)。一
歩間違えば、わざとじゃないにしろ輝を蹴飛ばしてたかと思うと……首筋やおでこから冷や汗がにじみ出ている僕だ
った。




 「聖……聖っ?ほら、拭いたから結び直すわよ」
 「…あ、うん」


 さっきの出来事で腰が抜けてしまい、桜の木にもたれてぼうっとしている所。輝におでこを拭いてもらい、龍也さん
譲りの鉢巻をきゅっと結び直してもらった。鉢巻越しに輝の温もりを感じるのはどうしてかな…と思ったけど、考えるの
はやめにしよう。

 そよ風が頬を撫で、僕も鉢巻も心地がよくて身を任せてみる。長くてもあと小半時経てば、ちゃんと立てるようになる
かもね。


 「…ねえ、輝」


 …えーと……あれ、何を言おうとしたんだっけ。慌てるだけの時間をくれないほど矮小な人だったかい、と木の枝に
座るリスとカラスが野次を入れていることに僕たちは気付いていない。僕の隣に輝も座り、僕が見ている景色を眺め
始めていた。…あ。


 「……これまで、どうすれば僕たちの里…あっ、"うち"がうちらしくなるのか見て回ってきたよね。その中で緋村さん
やおセイさんや…いろんな人に会って、助けてもらったり優しくしてもらったりしたよね」
 「…うんっ。みんな、忘れないわ」


 …僕も、忘れない。思い出はみんな、僕や輝が一生懸命思い出さなくても僕たちの中にあるもの。緋村さんやおセ
イさん、百鬼さんや小糸さんにみんな……住めば都だなんて思わないで、生き生きと暮らしてる所を見せてもらったし
僕たちもその中に入れてもらった。


 「でも…結局、どうすればうちが出来るのか分からなかったよね」
 「…そうね。誰に聞いたって、聞いた人自身の"うち"の作り方なら話せても…誰かのうちの作り方まで誰も話せる
はずがないわ。だって、私達やみんなのうちは人真似で出来ているわけがないもの。人真似でうちが出来るなら、そ
んなの私達のうちじゃないわ」








 僕は僕、輝は輝。僕が緋村さんだったり、輝がおセイさんだっていうことは在り得ない。誰かに聞いて生き方が分か
るなら、きっとそれは僕は僕だと判っていないということになるのかも。みんなが模範にしたいと思う誰かの生き方
は、その人の生き方すべてが僕や輝、みんなの生き方と等しいわけじゃない。"うち"の作り方だって同じこと。

 こうしたものの見方に気付いてから、『誰々を見習いたい』とか『何処どこの村のようなうちを作りたい』といった憧れ
や理想を思い描かなくなった。それが悪いということではなくて、むしろ僕たちの"うち"を作るための出発点になった。

 それと、もうひとつ。今、僕と輝が見ている景色は…空に陽と薄雲が浮かび、若芽の生え始めた木々が立ち、その
木々の枝に鳶が止まっている姿が見える。手前に視線をずらすと、僕たちが建て直した家があって、みんながそれぞ
れ住んでいた家の跡に一人ひとりのお墓が建っている。頬や腕、身体中に吹く風がとっても気持ちいい。

 …そう。雲の上に龍也さんたちが住んでいるわけじゃないし、春が喜ばしくて木々が万歳しているわけじゃない。僕
たちの建て直した家が僕たちを恋しく思っているわけじゃないし、うちのみんながお墓に帰るわけじゃない。風が僕た
ちの身体中を撫でるから気持ちいいわけじゃない。こうなると、見えるものや感じるものじゃなくなっている。

 だから、輝は蜜柑色じゃないし香しい蜜柑の香りを僕やみんなに運ぶわけじゃない。見たものや感じたもの以上に
意味づけをしたり、見たものや感じたもの以下に意味を削ぎ取るから僕たちやみんなの中に、苦しい思いをしてきた
人がいるんじゃないかと思う。

 旅をしている中で、こうして輝と一緒にいる中でふと思うことがまたひとつ出来ていた。僕たちも含めて、みんなそれ
を知ってて生きているのかなあ…ということ。たとえば、何か話をする時に景色や人に例えを−比喩を使うのが好きな
人がいる。僕たちが見ているものや感じているもの以上の例えを用いた、その人の話を聞くと徳があるとか奥ゆかし
いと思ってしまうかもしれない。ともすれば、その人の生き方を模範にしたいとも思えたり。

 でも、そうした人たちは見たものや感じたものを加減しないで、本当に見たり感じたりしているのかなあ…と、ふと疑
問に思ってしまうことがある。まさかそれをじかに訊くわけにもいかないし、その人の生き方をけなしているみたいで
嫌だから一度もそうしたことはないけれども。

 見たものや感じたものを踏まえて、比喩を使った話し方が好きな人とそうじゃない人との見分け方は…一緒にいる
中で、考え方や身振り手振りなどで人となりが(僕たちが知りうる範囲で)分かってしまうんじゃないかなあ…と思っ
た。言葉を美化しているだけの人やそうじゃない人と、僕たちは旅の途中で何人も会ってきた。

 だけど、見分けたからって誰々より自分は素晴らしい生き方をしているとか、誰々より自分は空しい生き方をしてい
るといった優劣をつけちゃいけない。そこから諍いが起こってしまうもの。誰かと比べる生き方は疲れるし、比べること
で敵を作ってしまう。一番になりたくて、僕たちは生きているわけじゃない。

 自分を良く見せようと振舞うために、比喩を使って話すのが好きな人も…見方や感じ方に気付けば、憧れも比べも
しなくなるし良くも悪くも見せようだなんて思わなくなる。僕や輝の場合は、何処かの村を見習いうちを良くも悪くもしよ
うだなんて考えていない。見えるものを見て、感じるものを感じて…僕と輝の…みんなのうちを、作ろうと考えている。

 …そうそう、僕たちが旅に出ないのはどうしてなのか話さなくちゃ。…うちに帰りたかったから。『旅の中でうちを作る
ことに関して得たものがなかったから』じゃなくて、ただ帰りたかったから。でも、緋村さんの所へは時々遊びに行きた
いよね。








 「…うふふっ」
 「……うんっ」


 …あったかいなあ、輝。
 この気持ちを言葉で言い表そうとしても、きっとうまく出来ないと思う。
 言葉にしようとすればするほど、僕の気持ちが僕の気持ちじゃなくなっちゃうから。
 腕を組んで、ふたりで頬擦りして……口と口を結び合って。
 この気持ちも、誰にも上手に伝えられない。
 なんとか表そうとするなら…
 …僕の描く絵で、伝えられるかどうかっていう所までにしか至らないのかも。
 だけど絵を教えてもらって、本当によかったなあ。


 「〜♪」
 「♪」

















Miss H. 2007/1/3



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