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…こちらは、何処かの倉庫でしょうか。こちらにもやはり、見慣れぬ機械の類が所狭しと並んでおります。その一郭
に、パソコンの画面を凝視している男性の姿が見えます。画面には数値やグラフが並べ立てられており、それをご覧 になっている男性は眉間に皺を寄せていらっしゃいました。
「…はい」
と、ノックの音をお聴きになり男性の方はお返事されたのでした。やがてドアが開き、入られたもう一人の男性は、
わたくし達の見知るお顔でした。そのお方のお父様―――岡部清三社長のお隣に立ち、同じく画面をご覧になりま す。
「…はは、すべて父さんに筒抜けだったか」
照れ笑いをなさっていた岡部副社長でいらっしゃいました。此処はサックルの社内だったのですね。倉庫と思しきこ
の場は社長室なのでしょうか。…実を申し上げますと、わたくし達は一度も社内を拝見したことがございません(余談 ではありますが)。
「ああ。俺とお前…いや、我々の本業はこちらだからな。やはり消費量が高いか」
「なかなか思うようにいかなくてね。それだけ演算能力が要求されるがために、ドライ・セルの消費量がどうしても。
全体の稼働時間を考えれば、今の所30秒が限界だよ」
そうか、と社長は仰いつつ腕を組み再び眉間に皺を寄せられていらっしゃいました。鷹揚に頷かれている所からも、
難題に難儀されている訳ではないようで。寧ろ、副社長の労苦を汲んでいらっしゃるのでしょう。
「惣一郎、お前の苦労を察しはするが。…そのハードルを越えてこそ、コンシールメント・メイルは明確なアイデンティ
ティを持つ。5人の生死を分ける、極めて至要な機構でもあることは承知していよう。…頼んだぞ」
「判った」
と頷く副社長を横目で確かめた後、パソコンの電源を切られた岡部社長でありました。苦悶に満ちた表情がようやく
緩み、ふうと溜め息をつかれたのでした。
「ところで、身体の調子はどうだ。刺し傷は痛まないか」
「ああ、樋浦君のお陰だ。あんな形でサイコ・エンハンサーの機能が実証されるとは、ゆめゆめ思いもしなかったよ」
副社長…いえ、惣一郎さんは右腕を捲り、針に穿たれた傷跡をお父様へ見せられたのでした。傷跡というよりは、
印鑑ほどの大きさの痣としか見えないのでしょう。
「皆がお前を救療したように、無論お前も…まあ、言わずもがなだが」
「道理だよ、父さん。今後も我々と彼等は、相互扶助の間柄でなければならないさ」
うむ、と互いに頷きあうおふたりでした。公私の同居した、温かなお部屋にて。
第10話 向背二人(きょうはいふたり)
ええと…お茶漬けと、野菜ジュースと、お味噌。メモと買い物籠に入っている商品とを見比べて……はい、大丈夫で
す。メモをバッグにしまい、カートを押してレジまで向かいます。お子様連れのお母さんや買出しのお婆さん、仕事休 みの男性の方等で今日もそれなりに賑わっているようです。
ただいま、イトさんのお買い物を承りましてわたくしはスーパーマーケットの店内におります。本来であれば由衣さ
んもご一緒されるはずでした。しかしながら、イトさんのお宅にてわたくしの徹底したお掃除(ということだそうですが) の実践で困憊なさったそうで、やむなくわたくし独りで参りました。
ふと、何気なく天井に取り付けてある監視カメラに目が合いました。其処彼処にて、お店の治安を守る役目を担って
いるのでしょう。おそらく、そのカメラに先日とは違うわたくしの出で立ちが映っている筈です。髪を束ね、新しく買い揃 えた衣服の姿は辰巳さん曰く『これで5年時代が進んだ』そうで。まだまだ、わたくしの精進が足りないよう―――
「―――?」
………。レジの一郭が丁度見えた頃です。わたくしの斜め前に、女子高生と思しきお方がいらっしゃいました。周囲
を窺い、視線を右往左往させているようです。お菓子売り場の並びにはわたくしのほかに人通りもなく、カメラの死角 にもなっているようでこの場は映らないのかもしれません。
…わたくしにお気付きになられなかったらしく、学生服の懐に何かを入れたようです。そして何事もなく、はじめから
手にされていたらしい飲み物を持ちレジへ向かわれました。もしや、その行いは…………見間違いであると信じたい のですが。気にかかったので、念のためその方の後ろに並ぶことに致しました。
順調に順番は流れて行き、現在はその方がお支払いされていらっしゃいます。払われたのはお飲み物の代金だ
け。懐に隠したと思しきものは、店員の方にお見せされなかったようでした。…やはり、見間違いでしょうか。首をかし げながらも、わたくしは買い物籠を置き商品の代金をお支払い致しました。
購入した商品をレジ袋に入れ、お店を出ようとした時でした。入口のベンチで買われたお飲み物を飲み干し、ゴミ箱
に捨てて立ち上がるその方がいらっしゃいました。丁度、お店を出ようとされているようです。…お節介であることは 重々承知しておりましたが、いたたまれず彼女のもとへ急ぎます。そして―――
「あ、あのっ」
と、わたくしが声をかけた時でした。
「ちょっと待って」
わたくしとご一緒に、その方へお声をかけた方がいらっしゃいました。…お歳相応の身なりをなされた主婦の方とも
見受けられますが、おそらくは私服警備員の方でしょう。聞こえぬそぶりで出て行かれようとするその方を、私服警備 員の方がお引止めになります。渋々振り向き、その方はわたくしと私服警備員の方を睨みつけていらっしゃいまし た。
「…なんだよ」
「さっきから言ってんだろ、やってねえって」
「嘘つかないの。今月二度目でしょ。私達ちゃんと見てるんだからね」
…このような押し問答が始まってから、早10分は経過したでしょうか。私服警備員の方と女子高生の方、そしてわ
たくしが居ります事務室はあたかも取調室の様相でした。テーブルを挟み、警備員の方が怪訝な面持ちで女子高生 の方―――長門未智さんをご覧になられていらっしゃいます。
「それに、今日は証人の人もいるんだから言い逃れできないわよ。それでも認めないつもり?」
「…っせえな。っていうか、んなことしてる間に他の奴万引きしてたらどうすんだよ」
「屁理屈言わないの。人の心配より先に自分の心配をしなさい」
…責め問いと抗弁が繰り返される中、わたくしはただおふたりを眺むほかありませんでした。わたくしから見て左側
には警備員の方が、右側には長門さんがいらっしゃいます。…怒ることと、叱ることとの違いとは何でしょうか。客観 の立場から、自然と思案しておりました。
警備員の方から見れば、長門さんへ叱っていらっしゃるのでしょう。長門さんから見れば、単に怒られているだけと
感ぜられるのでしょう。しかし、元は同じ意味で使われていたのではとわたくしは考えております。時代が下がるにつ れ、叱る・怒ることの意味合いが変わってしまったのではないでしょうか。
叱る側から見れば。それは叱る相手のためではなく、叱っていらっしゃるご本人のためになってしまったのだと思う
のです。本意が骨抜きにされ、単に快楽を得るためだけの叱る・怒る行為に退行してしまった、とも言い換えることが 出来るのかもしれません。…少なくとも、この場で行われている叱る・怒る行為は形骸化されてはいない筈です。
わたくしは…果たして、母に前者の意味で叱られるなり怒られるなりしたのでしょうか。後者のためと釈したがるわ
たくしは、やはり幼いのでしょうか。…それでも、わたくしの人生を後ろ盾に……いえ、"後ろ盾"という表現は相応しく ありません。………嫌だ、わたくしとしたことが。…………わたくしの、人生なのですから。
「ほら、ちゃんと取ったもの出して。何度も言うけど、私達はちゃんと見てるの。あなたの行いを見ていたからこそ、こ
うして引き止めてくれた人もここにいるんじゃない」
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