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第13話 陽炎景色 (かげろうけしき)




 4月も半ばに差し掛かった、土曜の午前10時。春花に春雲、春光降り注ぐ春初の校庭。どれも皆、青春に通ずるも
のがあろうか。
 自身や由衣の通う大学の近辺に、その高校は在る。陸上のトラックでは、威勢よく掛け声を出し合いひた走る陸上
部員達の姿があった。トラックの間に設けられたフィールドでは、青春を謳歌するサッカー部員達が汗水流し精を出し
ていた。
 敷地内を縁取るように立ち並ぶ木々の一本に、二羽のすずめが羽を休めるべく枝に止まる。ふと、その二羽が見上
げた校舎には…先述した春とは趣の違う、春愁の春景が其処に在った。




 ―――春愁の真っ芯は、スクールカウンセラー室であった。


 ソファにぎこちなく坐り、ただただ見下ろす男性。その行く末を見守るは、スクールカウンセラーの女性と不惑の齢を
謳歌する男性教諭。ソファに坐る男性の膝元には……ただただ泣きしきる、女子高生。

 「…未智」

 すまぬと頭を下げる代わりに、愛しむかのごとく背を撫でるは長門氏。

 「…寂しかったのよね。話を聞いてくれる人が、誰もいなくて。…辛かったのよね。分かってくれる人が、傍にいなく
て。…悲しいもの。ずっと、やるせなかったんだから……」

 誰を責めるわけでもなく、心情を切々と要約するは我が母・陽子。

 「…何処も彼処も、お前にとって学びの場であったんだな。時折で構わない、此処にも学びの場が在るということを
憶えていてくれ。…今まですまなかった、長門」

 言葉を心中にて反芻しつつ、詫びの言葉を綴るは我が恩師・輪西駿介教諭。

 「…畜生……ち……く………しょ………ぉ………さ、びし…………って悪ぃ…………か」
 「…悪くは、ない。悪くなど」

 長門氏が首を横に振る度…聞こえるは、襟からの衣擦れの音。内奥に降りしきる嗚咽の、傘の代わりとなり得たで
あろうか。春雨にも聴こえるそれに、ただただ打たれる母、輪西教諭、長門氏。そして、兄の膝元にて泣き濡れるは
………美(くわ)し、妹。


 ――――春永の真っ芯は、スクールカウンセラー室であった。




 敷地内を縁取るように立ち並ぶ木々の一本から、二羽のすずめが羽を伸ばすべく飛び立つ。二羽が見下ろした校
舎には…先述した春と等しい、春永の春景が其処に在った。








 ―――ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅん、ちゅんっ。…………。
 …………。ちゅん、ちゅ、ちゅっ。ばさっ……ばささっ。

 「…うあっ。……朝、だ」

 …私、誰に言ったんだろう。絶対、さっき飛んでいった外のすずめにじゃない。
 ママにでもないし、お兄ちゃんにでもないし。パパは……私が小っちゃい頃に、ママと離婚しちゃったから家にいな
いし。………やっぱり、そうなんだよね。
 …布団の端っこ、ぎゅっと抱きしめて寝てたんだもの。……ふかふかで温かいけど、私独りだってできるし。………
私だけじゃ、作れない温かさ。…………ものからもらえない、温かさ。……………ぬくい、っていうんだっけ。………
………誰かにもらった時に、私はそう呼んでいる。…………………甲に、教えてもらってから。

 ―――とっ、とっ、とっ、とっ、とっ。…………。
 …………。とっ、とっ、と。……………とんとん。

 「おーい、姫様っ。朝でござりまするぞ。そなたのジーパンを干すゆえ、手伝えとの言伝を預かっておりますぞ」
 「…うんっ。わかった」

 …………。とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ。

 「まあ、非実力派のせいで悶々とされるのもキレるっちゃキレるってか」

 とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、と――――――

 「…お兄、ちゃんっ……」

 さっきの独り言、なんかわざとらしく聴こえたっていうか。
 ……みんな、冷たくて優しい。私が話すまで、ママもお兄ちゃんも聞いてくれなかったし。ここの所、私が食べ終わ
るまで食器洗うの待ってくれたし。…あ、そうそう。
 こないだの、選挙の投票日のこと。外に出るのがまだ怖くて…代わりに不在者投票に行ってって、ママにハガキを
渡した。そしたら、お兄ちゃんに思いっきり笑われて。笑い過ぎてお腹抱えて、涙目になってて。そっちの不在じゃな
いって私もすぐ気付いて、一緒に笑ってた。結局は、一緒に投票に行って…外に出るのが、少しは怖くなくなってた。
 …あれっ?……なんか言いたいことが、違ってたような気がするんだけど。………私は、甲に会うのが怖くて外に
出たくないって思ってた。先週はそう思って大学にも予備校にも行けなかったのに、ママとお兄ちゃんのおかげで行
けるようになってた。どうして行けるようになったのかな、って考えるとうまく説明できないんだけど。
 今週はちゃんと大学にも行ったし、予備校にも行ったし。甲にも、毎日大学で会ってる。…でも、話してくれない。私
から話さないと、話してくれない。…人目のつかないところで、私、ちゃんと甲に話してるんだけど。


 ……………、……。


 誰も、悪くないって。
 私も甲も、悪くないって。
 身を呈して私と蛍ちゃん、護ってくれたんだよねって。
 私やみんなのことが心配で、振り向いてくれたんだよねって。


 ……………、……。


 だけど。甲は、私の思ってることと違うことで…怖がってる、みたいに見えた。……もし、そうだとしたら。………私、
何ができるんだろう。…………確かに、あれは誰が見ても怖い。……………お兄ちゃんも蛍ちゃんも辰巳さんも、そ
れは認めてるはず。………………本当に、何ができるのかな。…………………まだ、どうしても分からなくて。

 「ねえ、由衣っ。早く起きてよ。もうジーパン洗っちゃったんだし」
 「はーい、今着替えるっ」

 …早く、着替えてジーパン干さなくちゃ。ふあぁ、って腕を伸ばしてあくびしてベッドから降りた。……それでも、甲に
してあげられることはあるよね。………メールより電話より、手紙よりもきっと。








 …定山渓からバスと地下鉄、更にバスを乗り継ぐことおよそ2時間強。自身と由衣の通う大学の近辺に、その高校
は在った。我が恩師・輪西教諭の勤務する高校は、こちらであると聞いている。車道の向こうに、春花に春雲、春光
降り注ぐ春初の校庭が見えた。どれも皆、青春に通ずるものがあろうか。
 車の往来も少なく、横断歩道の押しボタンを押さずとも渡ることはできるが。通念上、好ましくはない。ボタンを押し
たものの、歩行者用信号が青になるまでは時間を要するようである。…急ぎではない故、特別苛立ちはしないが。
 ―――輪西教諭は、自身の通った高校にて2年次の担任を勤めていた。寡黙な、ともすれば老成したようにも見え
かねぬ自身にとって、級友よりも誰よりも気兼ねなく話のできる相手…否、恩師であった。自身の高校卒業後に現在
の高校へ転勤となり、大学入学後も携帯電話のメール等で定期的に交流を行っている。
 ようやく、歩行者用信号は青となり横断が許された。ずれた鞄を掛け直し、渡り始めた時であった。

 「…ん?」



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