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 「おーい。副社長ぉ、瀧月の兄ちゃんっ。…はは、見えないしょホント」
 「…あと3秒もすれば、否が応でも見えますが」
 「…へいへい、判ってるって」

 ―――3。おふたりさんがそう言ってたかどうかは知らない。零細くさいベンチャー企業の割に、んなでっかい地下室
があるのはどうも定番らしいが(?)。
 ――2。二つの足音だけが近づいたり遠ざかったり、っていうのだけがいないはずの人を知る手がかりだった。は
は、俺の文章力は衰退気味っすかね。
 ―1。狸のおっさんと仏頂面に見える新入くんの目の前に、俺と副社長殿が忽然と姿を現した。俺等がそれぞれ纏
う鈍色と黒橡のコンシールメント・メイルは、おふたりさんの錐体細胞を通して見えてるはずだ。

 「どうだい、長門君、白鳥さん。私達の姿がまったく見えなかったろう」
 「いやいや、お見事ですわホント」
 「3分とはいえ、標的にされにくいだけでも守りの面で格段に強化されましたな」
 「瀧月君、これこそがコンシールメント・メイルと呼ばれる由縁なんだ。光学迷彩を用いて周囲の背景に溶け込み、
敵を欺く。君達の命を守る、極上の甲冑となり得るはずだよ」
 「ほうほう、なるほど。要するに透明人間になれるっていうことで」

 という訳で、メイルの背景擬態能力テストは無事終了。幸いにも今日はバイトが非番だったもんで、小遣い稼ぎ
(笑)にメイルのテストに付き合っていたわけだ。久々に全力で走ったもんだから、疲れたんで咳き込みたいんですけ
ど。…ってまあ、冗談ですがね。

 「まあ、これはこれで置いといてですがね。…どうにかなりませんかねえ、副社長」

 なんて建前上横目で見てたおっさんだったが、本音は怖いもの見たさの思いでもあったんやら。おっさんが横目で、
俺等が渋々結んだ視線の先に。…こないだの蛇男が、コールドスリープっぽい(?)水槽の中で愛蔵……もとい、保
管されていた。

 「しかしまあ、お言葉ですがこれを飼っておけとは社長も酔狂な方でしょうよ。何も喋らないわ、動かないわで気味
悪いもんでして。珍獣のペットにでもするつもりですかねえ」
 「…私も、何故父がこれを保管するよう言ったのか理解できなくてね。困惑しているよ」

 当人がいないんじゃ、ニュース番組程度の憶測しか出てこないわけで。時々向きを変えたりしている所を見ると、取
り敢えず生きてはいるらしい。さっきのテストを始める前に副社長が声をかけて、確かに返事はしていた。…これらを
鑑みても、死んでるとするには早計なんでしょうがね。

 「…しかしながら、生命倫理を蔑ろにして人外の人間を造るなど……本人の同意の有無に拘らず、決して許される
所業ではないさ」
 「確かに、副社長の仰る通りでしょう」

 着けられた酸素ボンベが実にかわいそうで、どうせならちゃんと飼ってやればいいのに…って、俺が言えば由衣に
怒られそうだが。収集日に出し損ねたゴミっぽい扱いが何とも。












第18話 教育指針(きょういくししん)












 「…あーあっ」

 みんな帰った予備校の講義室で、なんとなくっていうかどうしても溜め息をついていた。さっきまで数的推理(数学
みたいな講義)やってたけど、全然駄目だったし。
 何をXとかYとかに置き換えたらいいのか、さっぱり判んない。大体日常生活で図形の切り口とか、暗号なんて使う
わけないのに。お兄ちゃんじゃないけど、そんなの技術職に任せとけばって言いたくなるっていうか。こんな時だけな
んだけど、地方公務員法も憲法も嫌いだなって思う。

 「…うんっ」

 …たぶん、誰も入りそうにないよね。他の部屋ならあるけど、もうこの部屋で講義ないんだし。もうちょっとここでぼう
っとしてようっと。眠たいし疲れちゃったし、ちょっとぐらいなら大丈夫。
 ……それにしても、すごいなあって思うことがある。なんでもそうなのかもしれないけど、理想と現実のギャップに差
がありすぎっていうか。私の場合、福祉職の公務員になりたいって理想があって、全然勉強が出来ないっていう現実
が鏡みたいに映ってる。高校の時も数学駄目だったし、それで高3のコース選択で私文系のコース取っちゃったもん
ね。
 ………大学の入試だって、現代文と英語と日本史だけでよかったし。物理も地学も地理も…なんて言ったらきりが
ないけど、やったことない教科ばっかりだし。世界史も難しいし。問題をやればやるほど、何か逃げ出したくなる時が
時々あったり。それが今の私なんだって判ってはいるのに、どうして逃げ出したくなるのかな。
 …………自己嫌悪のせいかもしれないし、ママの目があるからかもしれないし。迷惑もかけたくないし、社会に出
遅れたくないのもあるかもしれないし。まだ1年先なんだけどね。みんなそうなのかな。みんな違うのかな。…あはは
っ、今日は私ブルーなんだ。ブルーなんだから、もう帰って寝ちゃっても悪くないよね。もうちょっとで9時半過ぎるし。

 「…ふぁあ」

 うーんと高く高く腕を伸ばして、あくびもしてから立ち上がった。鞄を持ったら、ちょっと重くてどうしてもふらついた。
中身の半分以上がテキストなんだし、無理もないかな。景色の半分以上が寝てる夜景の見える部屋から、ドアを開
けて出ていっ―――


 「―――きゃあっ!」
 「おっと」

 ――――廊下に出たとたんに、誰かとぶつかりそうになった。もちろんぶつかってないから痛くはなかったけど。そ
の代わりに、ぶつかってたらどうしようっていう心配事のせいで心がちょっと痛かった。

 「ごっ、ごめんなさいっ」
 「とんでもない、こちらこそ」

 なんてお互いに謝って、お互いに頭を上げたら――――

 「あっ、パパっ」

 ―――って、思わず言っちゃってた。どうしてって聞かれても、パパだからってしか言えなくって。中学生の時ぐらい
までしか会ってなかったから、もう6年以上経ったのかな。ちょっと細目で切れ目なのが相変わらずだったから、パパ
だって判った。絶対、他の人と間違えてない。何処から見たって、私のパパ・天野有治だもんっ。
 灰色のスーツに、オールバックの髪型。知らない人が見れば、歳が50近いそれ系の人に見えちゃうのかも。俳優に
もなれそうなくらい、今も格好いいパパだった。ちょっとだけ目を白黒させて、一回咳払いをしてから。

 「…つかぬことを聞くが。……もしや、由衣か」

 …って、つっかえそうになりながら、大きくなった私を見てパパが戸惑いがちに訊いた。身長は160近くなったし、服
装も髪型も大人びたし。でも。



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