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第22話 立志中枢
(りっしちゅうすう)
「辰巳さん!」
――――ちっ、肉塊の千本ノックなんてできるかっつうの!スラッグの身体から分裂した肉塊が百発百中、俺にクリ
ーンヒットしやがった。当然吹っ飛ばされて、置いてあるでっけえオブジェに激突した。お陰で木っ端微塵(死語か?) だ。ったく、ちゃんと弁償しやがれっつうの。スラッグはとっくに縄抜けして、ヘルのも緩んだ隙に抜けていやがる。
「…辰巳さん」
「………おう」
僭越ながら、わたくしは辰巳さんを仰向けにし…すかさず胸元で印を結び念じ始めました。…皆さんの悲願に応え
て、京紫の光が燈り無垢な胡蝶が生まれ落ちます。手負いの全身に蝶は群がり、辰巳さんの肉体を癒し始めたので した。………………いたわるかのごとく、そして愛しむかのごとく。……自然と、目頭が熱くなるなんて。
「なるほど、これが一筋縄で行かないってやつですかい。じゃ、駄目なら二筋でいくか」
…わたくしと辰巳さんを除き、由衣さんのお兄さんが指を鳴らされたのを合図に背景擬態能力が発動されたのでし
た。皆さんの所在が判らず、ヘルとスラッグはまごつくほかないようでした。
「ええええええいっ!」
…キレっぷりやら何やら、その他諸々丸出しにして性急な姫さんがクワンタム・サーベルを突き出しやがった。頭隠
して尻隠さずってやつか(?)、姿は隠せてもサーベルの光量子までは隠せねえ。好機だったと言わんばかりに、ヘ ルの姉ちゃんが血管を浮き立たせながら、あたり一面に血生臭い霧を吐き出しやがった。
「しまった!」
岡部副社長の狼狽とともに、皆さんの姿が赤々と所々に現れたのでした。いくら背景擬態能力といえども、何かを
吹きかけられては容易く破られてしまいます。再度反撃すべく、スラッグは再び全身に瘤を形成し始めました。…至 近距離から受けてしまうと、辰巳さんの受けた程度の打撲では済まないことでしょう。
「甲っ!」
「ん」
睨めっこするっぽく、爺様と姫さんがヘルとスラッグを見据えた瞬間――――――
―――、――!
―――――、――!
―――ヘルとスラッグが、今し方見た光景とは。
―――由衣さんと伊秩さんの、双方の瞳に燈る真澄の蒼天と恩光の日輪でした。
―――即ち、空と太陽が心身問わず映えたのです。
―――あたかもその様は、自らが果て無き空(くう)に放り出されたがごとくの錯覚。
―――そして、大中至正を象徴する日輪から照らされる恩光は。
―――既成の道心を咎め、そして今行末の正路を示唆しております。
―――どれほどの知をもってしても、空の広高ぶりに敵うことは無く。
―――どれほどの力をもってしても、陽の温光ぶりに敵うことは無く。
―――温かに澄み渡り、自身と社会。
―――ひいては、三千界の理を再考して。
―――、――。
―――――、――。
…案の定、どっかの蛇男さんと同じで大人しく直立不動になった、ナメクジのカップル(笑)だった。まあ、たぶん人
畜無害なんでしょうけどね。今頃あの蛇さんもどうしているんやら。
「…それにしてもまあ、随分都合の悪いメイルの撥水機能だこと」
「…それを反省しているよ。十分にテストできる期間がなかったもので、すまなかった」
俺のぼやきに、ちゃんと律儀に謝る副社長だった。派手にペイントされた(?)血生臭い霧まみれになると思いき
や、3分してようやく奇麗さっぱり落ちてくれたわけで。それはそれでアレだが、今度はそいつらの粘液と混じりあって 血糊の池が見事に出来ていた。…まあ、俺等が殺人犯っていうわけじゃないんっすがね。…アレってことで(??)。
「…じゃ、行こう。……1分でも1秒でも、早く止めなくちゃ」
内心を風前にさらしつつも、真澄の蒼天を輝かせ紡いだ由衣。右手の握り拳を、左手で抱きすくめながら。由衣が
煩悶した顔で戦う姿からも…随分と酷なことを、代弁させてるような気もする。…悔いてもアレなんで、俺等が出来る ことといえば。
「ああ」
「了解」
「はい」
「おう」
「…ん」
しかと受け止め、実行に移すのみ…だ。おめでたいお二人さんのぬめり跡は、タワービルの入口に続いている。…
ライトを当ててやれば、さながらかぐや姫っぽかったりするんだか(?)。
「…そうでしたか、こちらのビルに由衣さんの通っていらっしゃる予備校が」
「うんっ、なんか複雑っていうか。たまたま目立つからって理由で、拠点かなんかにされちゃったのかなって思うと悲
しいけど」
…二位が蛍ちゃんなら、一位は許婚君か。何のランクかはご想像にお任せするとしましょうか。見晴らしがいいと
か、高層だからという理由で拠点にしたがるのは何故か。俺なりに考えてみると、単に見栄っ張りなだけじゃないか と思うんっすけどね。高さなり見た目なりで、力なり何なり持ったと錯覚してるんだろうが。
右にくいっと曲がり、エレベーターホールに辿り着いた。エレベーターが左右に3基ずつ備えられ…って他は、何の
変哲もなさそうだ。
「…やっぱり駄目、かな?」
と一応伊秩に聞きつつ、由衣は駄目もとでボタンを押す。…案の定、ボタンが点灯しないことから動いてはないんだ
ろうが。
「…やっぱりね。じゃあ、どうやって昇ればいいんだろ」
「…大抵であれば、非常階段が在る筈だが」
「…あっ、言われてみれば」
許婚君の助言に何か思う所があったらしく、辺りをきょろきょろ見回し始めた。何の在り処かは、よく見なくても俺に
は判っていた。
「この奥だろ、たぶんな」
「…あっ」
俺の指差す先に、非常口でお馴染みのマークがあった。それを急げ急げ、とでも読み替えても差し支えはないか。
他の出口に通じてる可能性もありそうだが、その途中に非常階段のある可能性はそれなりにありそうだ。誰からとも なく走り始め、奥の通路を左にくいっと曲がることに。
…ドアの開閉音を擬音化するなら、ガチャではなくガジャのほうがしっくり来るか。……いやいや、ガヂャか。まあ、
どうでもいいんだけども。
「…天井が見えないほど高いな」
「…って、あたぼうじゃねえの」
…こうしてずっと一緒にいると、辰巳さんのツッコミが自然かなって思えるようになったのかも。副社長さんが見上げ
ているのは、高さ200m以上もある非常階段。螺旋っていうかばねみたいに、階段がぐるぐるとこの中を取り巻いてい た。天井が全然見えなくって。
真ん中は吹き抜けになってて、私達が今いる所はちょうどその一番下の所だった。奈落の底…じゃないけど、ここ
から這い上がった何処かの階にきっといるはず。
「…やはり、間違いありません。高層階と最上階からの生体反応を、殊更強く感じることができます。…背中に悪寒
が走るほど、おぞましく感ぜられます」
「…そうか、それはさぞかし辛いだろう。メイルのセンサー感度を、私達のレベルにまで下げたほうがいいよ」
「…恐れ入ります」
目元だけしか判らないが、少しは落ち着いたらしい蛍ちゃんだった。思うだけであれこれ設定を変えられるのは、あ
る意味定番っちゃ定番なんでしょうが(?)。人であるようで人ならざるもの―――メイルの五感を研ぎ澄ませ、俺等 は階段を駆け上がり始める。伊秩を先頭に、由衣、副社長、俺、不良君、蛍ちゃんの順に。
ずっと右回りで平衡感覚が普通は駄目になるところだが、ものともせず昇れるのは言わずもがなか。…まあ、それ
にしても人の気配が微塵もな――――――!?
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