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第23話 凶務提携 (きょうむていけい)




 仕方なく、お兄ちゃんはサイコ・サプルメンタリーの発動をやめた。一度決めた場所にしか作れなくて、やめないまま
追いかけると巻き込まれちゃうから。

 「てああああああっ!」

 俺のミスをフォローするかのように、副社長が一段と高く跳躍する。ムチンの背中を見事捕え、そのままサーベルで
串刺―――

 「…ぐあっ!」

 ―――にしようとした所を、アンスロポイドが足の毛を鞭のようにして打ち払う!

 「ふふ、死にたくはないだろうな」

 …変な意味で慈悲深く(?)、ムチンが墜ち行く副社長の手足に痰を撃ち放つ。べちゃ、べちゃなんて音とともに何
処かのドアに張り付けられていた。

 「…おのれっ!」
 「岡部副社長はわたくしが!」

 と激高した副社長さんを、蛍ちゃんがすぐさま印を結んで痰を溶かし始めていた。蛍ちゃんから生まれた蝶のうち、
二匹が先導するように追いかけてくれている。…甲、私、辰巳さん、お兄ちゃん。私達4人は、何にも判ってない二人
を確実に追い詰めていた。

 「ったく、往生際が悪いっつうの!さっさとお縄について警察にでも全部白状しやがれ!どうせ終わるんだからよ
っ!」

 …おおっ、不良君にしては随分まともなことを言う。アレスト・ワイヤー10本全て伸ばし、10人力のワイヤーがこいつ
らを捕えようと追い伏す。

 「ふふっ、随分と楽観視しているようだね」
 「あんっ?!」

 アンスロポイドが不敵に笑うと、腰周りの毛を全部伸ばして辰巳さんをがっちりと捕らえる!10本のワイヤーも毛に
絡め取られて、引き摺られちゃうなんて…………!

 「てめえ!」
 「ほほう、其処まで頭が回っていないとはねえ。やはり見当外れだったかな」
 「なっ―――――!?」

 狼狽する不良君をよそに、アンスロポイドはお腰につけたハチェット・ブレードを毛で絡めて引っこ抜き……切っ先を
持ち主君に向ける。

 「よかったねえ、君が鬼籍入りの一人目でね。君が願えば、君の願う幽冥まで一足だろうねえ。満喫してくれると幸
いだなあ」

 鎌首をもたげるようにブレードを持ち上げて、辰巳さんの喉元を刺し貫こうなんて―――絶対、させないっ!

 「―――駄目っ!」
 「……ぬうっ?!」

 ―――計らずとも、アンスロポイドが見た光景とは。双方の由衣の瞳に、天心―――青空が映し出されたんだろ
う。自分自身が果ての無い空(くう)に放り出されたと錯覚し、どうせ無力なんだと誤認したんでしょうね。どれほどの
力をもってしても、空の広高ぶりに敵うことはないかのごとく。

 「ぬおおおおおおおおおおっ――――――――――!」
 「辰巳さん、何かに捕まって!」
 「ったく、判ってるっつうの!」

 羊の毛をバリカンで剃ったみたいに、アンスロポイドの毛があっという間に抜け落ちていった。…自分の毛だけで支
えられていた体重は、地球にある当たり前の力―――万有引力に引っ張られて、吹き抜けの底に落ちていった。蛍
ちゃんに見送られ、副社長さんに見送られ。
 間一髪、ワイヤーで上手いこと手すりに掴まった辰巳さんだった。落ちてくるブレードをがしっと受け止めて、腰の鞘
にかちっと納めていた。

 「おのれ、お前等ぁ!」

 …それまで逃げ続けてたムチンも、ようやくやる気になったらしい。絶妙ならぬ舌妙なその舌で、痰を西北西から西
まで16方位に吐き出す。即席の足場にいきり立ち、勃然とした表情で俺等を睨みつける。

 「…力だけで、私達は思い通りになんか動かないんだからっ!何にも判ってないあんた達なんて、絶対っ――――
――!」
 「断じて、許さん」

 甲………………いくよっ!








 ―――――
 ―――――――


 ―――ムチンが、たった今見た光景は。
 ―――私と甲、ふたりの瞳に真澄の蒼天と恩光の日輪。
 ―――空と太陽が、ムチンの心身に映えていた。
 ―――あたかもその様子は、果ての無い空(くう)に放り出されたような錯覚。
 ―――そして、大中至正を象徴する日輪から照らされる恩光は。
 ―――既成の道心を咎めて、そしてこれからの正路を示唆している。
 ―――どれだけの知をもってしても、空の広高ぶりに敵うことなんて無く。
 ―――どれだけの力をもってしても、陽の温光ぶりに敵うことなんて無く。
 ―――温かに澄み渡り、自分自身と社会。
 ―――ひいては、三千界の理を再考して。


 ―――――
 ―――――――








 「…町田、いや、アラキノイド・ムチンの生体反応はないな。皆も判るとは思うが」
 「ありゃ自殺行為だったろうし。変に潔かったっていうか」
 「しかし、シャギー・ア―――いえ。真室川さんは未だに」
 「往生際が悪いっつうの。さっさと鬼籍に入りやがれって」
 「…そ、そんなっ!?私達、そんなことするために戦ってきたんじゃないもの」
 「…ん」

 補遺の意も込め、自身は力強く頷いた。自身、由衣、城氏、樋浦、由衣の兄、岡部氏が取り囲む中でアラキノイド・
ムチンの絶命を確認しつつ。一方、シャギー・アンスロポイドが風前の灯に晒されていることも。

 「…ほう、敵に惜しまれながらの鬼籍入りとは。君達なりの、慈悲の表れかな」

 …耳を澄ましてないと聴こえなくて、でもそれでいてとっても清明な声だった。…目を閉じて聞けば、全然悪い人の
声に思えないのに。どんなことがきっかけで、そんな道に分け入っちゃったんだろう。…ううん、何がきっかけでそんな
ことがいいことだって思っちゃったんだろう。
 …自分だけが幸せでもいけないし、自分だけが不幸じゃ悲しいし。分かるけど。………分かるけど、でも。

 「…ううん。まだ許そうなんて、思ってない」

 凛とした夢幻破る瞳を護持しつつ、由衣はアンスロポイド―――真室川へと告げたのだった。ヘルムが目元を除く
表情を覆い隠しているものの、その掠れ声から懊悩する由衣を思い巡らすには難くなかろう。

 「でも、悲しい。いちばん分かりやすい方法でしか、お互いのことが分からないなんて」
 「…ほう。だが…史前以来それが返す返す行われた結果、私達が在るのも事実だよ。その過程で解発され、知識
なり何なりその都度得るわけだが。しかし、果たして現代の我々は聡明かというと怪しいんだろうねえ。……君の思
う所を、私も考えんわけなぞないさ」

 …自嘲するように、真室川さんが弱々しく言い放った。…論争、政争、抗争。闘争、紛争…戦争。争いごとを繰り返
したその上で、確かに私達は暮らしているけれど。安寧秩序の保たれた中で、私達は暮らしているけれど。…平和が
誰のためにもあるはずなのに、どうして……平和のための争いごとを、私達は繰り返さなくちゃいけないんだろう。

 「…だったら、どうして」
 「…ふふっ。どうして、か。……愚問とは思わないのかな」
 「あんっ!?この期に及んでまだやんのかおい」
 「辰巳さんっ」

 樋浦が城氏を制したものの、当の城氏は無慈悲な振舞いを見せることはなく。自身や皆と同じく、弾劾の視線を照
徹するのみであった。落ち居る様を見計らい、真室川は再び口を開く。

 「………だが、敢えて答えるとするならばだ。…………生きるため、だよ」
 「………………」



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