このページに掲載されているすべての画像・テキストの無断掲載を禁じます。

第25話 誅戮済度 (ちゅうりくさいど)








 ―――午後4時30分、札幌駅前にて。鳩やカラスの逃げ去った美空の下、駅前の災禍は沈静しつつあった。アル
テリア・ニードルの軍勢はおろか、コンシールメント・トルーパーの姿もなく。まばらに、通行人だけが残されていた。
悲嘆を示す痕跡は何一つ残されていない。然れども、ビルの間を縫う北風が未だ先の出来事に怯えているかのよう
であった。

 「…で、どうするよ長門。終わったらンな所に残ってねえで、再就職しちまえっての」
 「…依願退職するか否かさえ、決めかねておりますので。しかしながら、何れは―――

 …不意に、長門さんは言葉を止めた。…打ち合わせたわけじゃない、偶然出たふたりの溜め息を風がさらっていく。
長門さんも白鳥さんも、タワービルを見上げていた。いつもと変わりない佇まいの建物の中で、何が起こってるのか誰
が見ても判らなくて。でも、ふたりの着けているヘッドホンからは…ラジオの実況中継みたいに、ずっと流れていた。








 ―――――――6m、5m。1秒を希釈したがごとく、時の経過が重く感ぜられる。等しく、人へ流れているにも拘ら
ず。…一歩進む度、脚から遠慮がちに跳ね返る重さが秒針を代替していたであろうか。………未だ、岡部社長と由
衣の父は微動だにせず。ただ、事の成り行きを見守るかのようであった。…と、

 「…ったく、面倒くせえな!一般市民はすっこめっつうの!退かねえならどかす!」

 誰よりも早く、苛立ちを破った辰巳さんがアレスト・ワイヤーを威勢よく引き伸ばす!10本のワイヤーは蜘蛛の糸の
ように、社長さんを目がけてするすると――――

 「…城君。君は丸腰の人間への慈悲はないのかな」
 「うるせえ!とにかく一人ウザ――――がぁっ!」

 …問答無用といわんばかりに、由衣の父が投擲したシン・ブレードは城氏の両上腕を刺し貫いた。インナースーツ
が裂け、抑圧した惧れにも似た血が多数筋を引く。痛みに耐え切れず城氏が片膝をつくと同時に、ワイヤーもまた力
を失っていた。

 「辰巳さんっ!」

 …すかさず、蛍ちゃんが辰巳さんに駆け寄って印を結ぼうとしたその時!

 「その刺し傷こそ、下愚の俗人に利く良薬だ。毒を盛られては困る」
 「…きゃああああああっ―――――――!」

 その腕をアレスト・ワイヤーで絡み取り、樋浦を投げ飛ばした由衣の父であった。城氏目がけ、その華奢な身体は
彼を直撃したのだった。あぐ、との互いの呻き声が殊更皆へ悲愴をもたらす。

 「…たっ…つみ、さんっ………申し訳…ござ……いませ……ん………」
 「…バーカ、人災……だっ、つうの」

 その身体をパパに打ち付けられても、痛みを堪えて……辰巳さんに頭を下げて、蛍ちゃんは謝っていた。息急く声と
涙声が相まって、私達の心を打ち据える。

 「おのれ、卑怯者め!」

 と、岡部氏は改めて社長と由衣の父を見据え、怒張声で叫んだ。応えるかのごとく、由衣の父はクワンタム・サー
ベルの切っ先と目線を向ける。

 「まっとうな人間が、大願を成就するわけなぞないさ。…君が我々をそう定義するならば、無論君も同胞だ。当人と
しての自覚がない所は、実に嘆かわしいな」
 「ふざけるな!矮小な目標しか持たんお前等に、非難などできるものか!」
 「…ふふ。由衣や伊秩君等を、直にではないにしろ篭絡したのは他でもない君だ。責務を負えないのならば、君か
ら首を切るしかないな」

 って言った瞬間、突然パパの姿が消えた。…背景擬態能力を使ったんだ。センサーでも、そこにいるはずのパパの
姿を感知できない。
 …握り締めたサーベルの重さが、どうしても手首にぐっと来る。甲と私は社長さんから目を逸らさず、お兄ちゃんと副
社長さんは注意深くあたりを見回――――――

 「うわあああああああああああっ――――――!」
 「!?」

 …不意の悲鳴に、呆気に取られ皆咄嗟に岡部氏を振り返る。

 「…ふう」

 …私と甲、お兄ちゃんが振り返ると―――――溜め息をつきながら姿を現したパパと、

 「…ぐ、っ」

 …右の肩口と大腿部を斬られ、どうと倒れこむ岡部氏の姿が在った。…ドライ・セルを内蔵した両肩のアーマーは吹
き飛んでいる。胸部のメイルもサーベルにより二分され、インナースーツから外れ落ちていた。ヘルムもまた、マスク
の部分が割れ…悶絶する、その表情が露わとなっている。

 「…パパっ!もうそれ以上やめてよ!私言ったでしょっ!?」
 「案ずるな、お前達を同様に扱うつもりはない」

 ……………………。どうして、いつもと同じ声で話せるの。どうして、社長さんも倒れた副社長さんを平然として見ら
れるの。訊きたくても、訊けなかった。言葉じゃない想いが、私の喉を伝って出てきそうで。何か喋ったら、きっとまた
泣き崩れそうで。
 横たわっている辰巳さんと蛍ちゃん、メイルやヘルムを壊されて悶えている副社長さんに背を向けたパパ。…反対
側にいる私達に向き直ってから、クワンタム・サーベルを肩に収めた。…証明写真に写ってるような、平然とした顔が
とっても怖かった。

 「…ほう。やっぱり親父―――あんたにも、お慈悲があるんだねえ。まあ、その割には人災が需要を生むとか言って
るが。…そこまでやったんなら、潔く自首できるな?おい」

 …クワンタム・シックルの切っ先を、父へ向けた由衣の兄。父子の視線は、双方似通うかのようであるが。…注視す
れば、相反する志が真っ向から衝突し合っていると判る。

 「…ふっ。笑止」

 ……お兄ちゃんも甲も、パパに鋭い眼差しを向けている。…もう何回ぐらい、同じ光景を見てるんだろう。…………
…………私達の時間だけが、合わせ鏡の中でぐるぐる刻まれている。…太陽はちゃんと高度を下げて、建物や私達
の影は長くなっているのに。

 「…1対6では、些かこちらに分がない。相応しい相手の選考を行ったまでだ。由衣と哲也は端から見ていればい
い。…彼等の介抱でもしながらな」
 「まあ、ごもっともだ」

 わざとパパに親指を下げながら、お兄ちゃんはシックルの光量子をふっと消して肩に収めた。それからすぐさま、倒
れている副社長さんを仰向けにしてあげていた。…すまない、っていう息も絶え絶え――――

 「――――!」

 ――――であった、岡部氏の声に気付いた由衣であった。サーベルを収め、頽れた樋浦を安静に出来る姿勢にす
べく由衣は介抱する。…心奥にて止まった自身や皆の時間は、油を差し歯車を繕い……着実に、経過を知覚しつつ
あったのだった。
 …自身の視線と由衣の父の視線とに、未だ至善と死線とが一直線に交錯する。その中点へ伸びる垂線、且つ自身
と由衣の父から同距離には岡部社長が佇む。鋭角の眼差しが、自身や皆の道心を破らんと威圧していたであろう
か。

 「…何故、自身を選んだ」
 「………………………」

 ……………………。甲に答える代わりに、パパはふうっと溜め息をついた。どうしてついたのか…蛍ちゃんと辰巳さ
ん、副社長さんに立ち添う私とお兄ちゃんには判らない。…でも。判んないけど、それでも私は……………………。

 「…由衣に首を取らすのは、荷が重いと思われるからだ。哲也に首を取らすのは、俺が望まんからだ。………それ
故、伊秩君。君が相応しいと思ったまでだ」
 「………………………」

 押し黙る自身の後ろにて、絶句する由衣と無関心に振る舞う由衣の兄であった。…問い返すつもりは、なかった。
城氏や樋浦、岡部氏を痛撃した故もまた。
 ……自身と由衣の父との立会いをもって、サックルならびに非実力派―――渾天会の暴挙に終止符を打つことが
出来るならば。そして、人―――由衣や皆、人の平常心を燻べる心に四無量心をもたらすならば。…自身が刃を交え
るのは、必然だ。

 「果たして、ビルの倒壊する40分後にまで完遂できるか否か判りかねるが。…否、判るさ。……依願退職前の、君
にとって最後の大仕事を遣わそう」

 …抑揚を抑えて、パパは甲に言い放った。副社長さんに向けたのと同じように、パパはクワンタム・サーベルの切っ
先と目線を甲に向けた。
 ……いちばん分かりやすい方法でしか、どうして私達のことが分からないんだろう。歴史が生まれてからそれが返
す返す行われた結果、私達が在るのも事実だって真室川さんは言ってたけど。争いごとを繰り返した上でしか、私と
パパ―――みんなとパパ達が分かり合えないなんて。………それだけしか、無いわけじゃないはずなのに。気付い
てよ、パパ。

 「…さて、岡部氏。この場は」
 「うむ」

 と由衣の父に頷き、社長は引き退がる。そして………………………



>次ページへ



トップへ
トップへ
戻る
戻る


Internet Explorer6.0で表示確認済。