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流れ者の詩
「輝、いい?」
「…ええ。聖に負けないくらい、私だってっ」
『…せーのっ!』
……………『お帰りなさい』。渾身の力で僕と輝が岩を押すと、龍也さんや忍、長老が地響きづてに出迎えてくれた
ような気がした。枯れ草もかさかさと揺れて、夢路の途中から拍手して労っていた。…うーん、確かに威厳はあるけ れど…地響きに例えると、何故だか忍が大女みたいに逞しく瞳の裏に映る。僕が描く忍を紙に想い起こしたなら、輝 に二個分の蜜柑を口に押し込められたりして…なんてね。
「…やだ、私達ちょっと無駄に歳とっちゃいそうよ?まさか、抜けたら里はもう冬…じゃないわよね?」
階段から吹く、頬を撫でる季節の預言に思わず輝が冗談を漏らした。心持ち、頬をぷうと膨らませて。それだけじゃ
なくて、今にも降り出しそうな層雲のせいもあるかも。
「あはは、まさかそんな。…でも、もうちょっとで冬なんだよね。それまでに間に合うといいけど」
里に続く階段へ足を踏み入れる前に、改めて辺りを見回してみた。葉隠山の草花は眠りに就き、あとは季節が生
無垢なお布団をかけてくれるのを心待ちにしているみたいで。此処まで続く木々は、木漏れ日を飴玉に変える隧道の 役目にそろそろ飽き飽きして…布団が降り積もる場所を教えるべく、万歳して待ち続けている。うん、一年は確かに 早い。
「……え、あ………あ、う、うん」
「…いいじゃない、寒いんだもの」
輝に腕を組まれて指を結ばれた途端、僕の身体は腕からせっかちに囲炉裏を務めようとしていた。頬を赤らめてど
ぎまぎする僕をよそに、唐突の寒波に面食らっていた輝に微笑みが戻っていた。触れ合い擦れ合う僕の腕と、輝の 腕。拍動は季節の遁走じゃなくて、好きな人を抱合する暖かさに代わるなら。…ほら、好きってこういうことなんだよ ね。
「聖。みんな、待ってるわよ」
輝にうんと頷き、僕たちは目と鼻の先のふるさとへ向かい一歩を踏み出した。…腕や手はともかく、頬もこそばゆか
った。箍…と呼ぶと大袈裟だけど、里に着いた途端……僕も輝も、きっと………。
ああ、誰かその時の僕たちを描いてくれないかな…なんて想ったり。画板や紙、木炭がひとりでに描いてくれるなら
…たぶん、意地悪して途中で木炭が尽き果てる…かも。愛しさをいちばん貰い取りできるのは、木炭のお陰で擦れて 濃淡がついた紙なんだよね。……口にはできないけれど、はやる想いを一時の間置き換えるよう務めている僕だっ た。
…神爪の里。この国の統べし神によって、特に創り出された者の住む所。善き力を持ち、乱世を切り開く宿命を背
負う一族の聖地。女子供に至るまで傑出された才能は、時の支配者にまで尊重され、あるいは恐れられたという。 一説には、古の民の子孫だとも言われている。
…『出る杭は打たれる』。良くも悪くも、僕たちを言い当てている言葉だと思う。みんなと同じじゃないから畏れられ
て、みんなは知らないから畏れて。考え方の違い、力の違い。いろんな違いは誰にでもあるけれど、目立ちすぎる違 いが真田さん達を恐れさせて……。
僕たちや龍也さん達から見れば、今の里は幸せな暮らしを不当に奪われたままの痕跡であることに変わりはない。
でも、真田さん達から見ると………今の治世への憤りや、悲哀にまみれた心の内をそっくりそのまま再現している… のかもしれない。
「…何にも変わってないわね。私たちがみんなの墓を建てたっきりのままみたい」
変わったのはブランコの桜ぐらいかしら、と言葉の続きを輝は視線に代え送っていた。燃されて朽ちかけた木々の
意気を束ね、冬の到来を枝の一本一本が待ち遠しく万歳しているのが僕にも見える。描けばいいのに、と木に立て かけた画板の陰からリスとカラスが覗いていたことに僕は気付いていない。
「…うん。でも、変わってないのは今でも龍也さん達が今もここに住んでるせいかもしれな……あ」
…至極当然でないようで、実はごく当たり前のことだった。僕がぽかんと口を開けたままなのは、言葉の先を忍に
塞がれた錯覚を憶えずにはいられなかったから。忘れるはずがないよね。だって、雨風を凌げるお家を僕たちは建て たんだもの。
『墓というのはいわば、人の生きた証であるとともに故人の住まいでもあるでござるからな。里の皆もきっと喜ぶで
ござるよ』
って、緋村さんが言っていたのを思い出していた。だけど、僕と輝の家はまだ焼けたまま。せめて、隔年に一度でい
いから…長老や忍、龍也さん達に僕たちの旅の報告会とか色々聞かせてあげたい。…実を言うと、月に一度ぐらい は夢の中で会っているような気はするんだけど………みんなのことを、夢の中で想い起こすのと此処に帰って想い起 こすのとは………みんなとの近しさが全然違うものね。
「…確かにみんなはここに住んでるけど、私たちの家を建て直せるのは私たちしかいないわ。…聖、早く済ませて
一緒に………ね?」
うんと頷いた僕に、頬擦りしようとした輝が思い直して堪えていた。…そう。僕と輝が里に戻ってきたのは、僕たちの
家を建てるため。今はまだ『帰らない』から、長老の家を直したお粗末なものしか建てられないけど。そう決めたの は、さっきの理由と…もうひとつは、さっき輝が言ってた。あ、更にもうひとつ付け足すとするなら…
横に薙ぐ風に僕の鉢巻は武者震いして、寒さに身震いする僕と輝を誇張していた。半壊した長老の家を直してよ、
とみんなに急かされるように僕と輝は歩いてた…のかもね。
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