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…おーい、おーい。時は今に戻り…枝を高らかに伸ばし万歳している桜の木が、夜空の流れ星を見つける度に大き
く手を振っている。北風に手伝ってもらって揺れる枝は、輝が乗っているブランコを押してすいすいと漕いでいる。
今日は流れ星、いっぱい見えるなあ。僕たちの帰郷を祝って、忍がはしゃいでるのかな?それとも、僕たちやみん
なが頑張る様を…将来を、予見していたりして。僕と輝が直した藁葺き屋根から、リスとカラスも瞳の恒星をきらきらと 煌かせていた。
あ、そうそう。忘れそうになるところだった。今はまだ『帰らない』のに、どうして家を建てるのか。それは…
「同じ夜なのに、うちから見る星っていっぱい見えるわね。何処で見上げても、見える星なんて同じなのに…でもや
っぱり、うちって好き」
「…うん」
…そう。流れる人にも、帰る所があるから。僕と輝にも、還る所があるから。いつの間にか、僕と輝は神爪の里のこ
とを…「里」じゃなくて、『うち』って呼んでいた。時には恋しくなるし、『うち』がどうなっているか気になるし…放ってお けば、ここに人が住んでいた…ううん、住んでいることも忘れられて、ここで何が起こったかも忘れられてしまう。
良くも悪くも、僕たちもみんなも…草木も、ありとあらゆる生き物は誰でも時を旅する流れ者。昨日には戻れない、今
のまま止まれない、明日に向かって時を往く流れ者。僕たちの帰る所も、僕たちの手でちゃんと護っていかなくちゃ。
…あ、ごめんなさい。これ以上湿っぽいお話を続けたら、龍也さんと長老に怒られちゃうかも。振り返った心を向き直
らせると…横風が僕の鉢巻を、羽織をばたばたと…時にはゆったりとなびくようになった。季節の厳しさを往けるだけ の、威風がなびくようになった。この間、緋村さん達に会ったのと玄斎先生の所でお世話になったおかげかも。
『うち』の若木になれるのは、僕と…おかっぱ頭で、お向かいさんで、幼馴染の…蜜柑の色と薫り高い、僕の大好き
な輝。根を降ろせる日は、うちに孵る日はまだ僕たちにはわからない。でも…遠くないって、最近思えるんだ。…こうし て、輝の冷えた手を繋いでいても。輝の顔を見ただけで、僕のしゃぼんが膨れて早く割ってくれないかなあ…って、切 望してみたり。…あっ。
「…ねえ、輝。緋村さんやおセイさん、雷太くんや小糸さん…みんな、どうしてるかな?」
…僕が聞いたことは、ひょっとすると輝には愚問に聴こえたかもしれない。常に案じなくても…うん、続きは輝がみん
なを代弁して描いてくれるよね。僕も、みんなが時を流れる様を描く術を教えてもらったから…濃淡だけは僕が記し て、流れの色づけはみんなに任せよう。みんなの絵に、みんなの分だけいろんな色が彩られれば…うん。
「…うふふっ」
輝はブランコから降りて、答える代わりに微笑んで…ぎゅっと、僕を抱きしめた。背中に手を回して、僕の襟巻きに
頬擦りして、しゃぼんの薄いところを探し当てている。と…っくん、とくん、と…とくん、とくん…。ほら、僕と輝は…ね。 好きって、こういうこと。…そろそろ、うちに入って寝よう。明日の旅立ち、今から楽しみだなあ。
「…輝、入ろうか」
「…うんっ。兄さん…長老、忍……母さん、父さん………みんな、おやすみなさい」
また明日、と手を振って僕は桜の木を後にする。早く帰っておいでと手招きをして、僕と腕を組んだ輝は桜の木を後
にする。…不思議と、みんなのお墓ひとつひとつが月明かりの中よく見えるような。…輝に呼ばれて、みんな帰って 寝るのかも。
僕と輝が帰った後、桜の木に括り付けられたブランコは寒風と夜遊びに興じていた。それとも、僕たちの旅立ちを惜
しんでいるのかな?…でも、そのうち自分も流れ者なんだって気付くはず。時代の、僕たちの移ろいを…その中の、 ずっと変わらないものに気付くよね。リスとカラスは屋根の上で、僕と輝が紡ぐ『流れ者の詩』を心待ちにしていた。
おやすみなさいと 目を閉じても
心が夜更かし 誘ってる
きみの寝顔見届け はにかめるまで
寝息の子守唄に 聞き惚れたい
今夜の星空 月明かりも
褥の僕たち 覗いてる
あしたはどこに行くの 何するのかな
知りたがり屋のみんな 聞きあぐねる
人は誰でも旅する 時代を渡り歩く流れ者
僕たちの詩(うた)つづる旅
空で見守るだけ さみしいならついておいでよ
夢路を流れる きみの左手
一緒に握って 見つめあう
あしたの旅の予定 話しあおうと
こそばゆい寝言たち ささやくよ
おやすみなさいと 目を閉じれば
待ち侘びてたきみ 手をひいた
あしたはどこに行こう 何してみよう
みんなのいる青空 旅したいね
終
Miss H. 2005/9/18
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